月別アーカイブ: 2017年2月

本来の私

昨日の歯科技工士さんたちが、

私に敬意を払って下さるのにはアリガタイと、

しかし私からすれば、

50の半ばになりますが、

心は青春期から変わっては居りません。

大学1年の頃、

ジャスコの屋上へ行きました。

その頃売り出し初めの中森明菜さんが

デビュー曲のプロモーションのために

来場していることを知っていたからです。

友人と共にジャスコの屋上にて、

大きく手を振ったあの頃を懐かしく想うのです。

俳優の仲村 通さんの御妻君である女優の鷲尾いさ子さんの実家は、

新潟市のお米屋さんです。

これもミーハーの友人から誘われ、

お米を買いに出向き、

店先から奥の居間がチラリと見えるので、

背伸びしつつ、

覗き見する私たちは何と滑稽であったかと。

好奇心の塊であった私は、

エネルギーを持て余しながら、

今日に至っているのです。

この旺盛なる好奇心が【歯】の方へ向いたのは、

同級生の両親であった群馬県前橋市開業の浅見先生御夫妻のお蔭です。

父上である浅見裕 先生は入れ歯の大家であり、

母上である浅見 保子先生は根管治療の大家で在りました。

1人息子の友市郎君は、この類い稀なる恵まれた環境を

当時は全く活かされず、

私から大いに影響を受けた遊びに夢中となり、

其れを案じたご両親が頻繁に私らの

軌道修正に苦心されて下さった事が、

私の運が開く事のキッカケとなったのです。

両先生のお蔭でもって、

著明な歯科医師の先生方の目に止まる機会が出来た事は

とても幸運でした。

当の友市郎君も今では立派な学者と成長されたのは、

間違いなくご両親から受け継いだ優秀なDNAの賜物でありましょう。

学生諸君や業界の人の前では

無理して作った眉間に皺の私らですが、

二人キリになれば、

ウッシッシ!

と、

ヤンチャ坊主への舞い戻るのです。

本来の私らは、

身体は大人、心は幼児といった処でしょう。

ですから、

余り大袈裟に想わんでください。

 

インプラントオーバーデンチャー

下顎に1本も歯の無い患者さんです。

インプラントにてブリッジを造ると

とてもとても高額になります。

と言って、

総入れ歯を造るには骨が既に痩せ過ぎて

私の満足する吸着が得られない。

そんな患者さんの治療に

インプラントオーバーデンチャーを利用します。

比較的骨が残っている頤と呼ばれる部位に4本のインプラントをいれます。

そのインプラントに物干し竿のようなバーにて連結し、

総入れ歯の裏側に、

バーとのクリップを埋め込んで、

カチッと、

インプラント支持のバーと総入れ歯のクリップが

相互に噛み込むのです。

コレは、

その歯型です。

インプラントのアバットメント部分を造る精密な型と、

総入れ歯のための下顎の機能時の歯型の

両者を満足させるモノでなければなりません。

インプラントオーバーデンチャーは有意義な治療ですが、

治療の各ステップにおいて、

様々な工夫を仕込む必要が在るのです。

歯科技工の勘所

今日は応援にて、

歯科技工士さんが2名お越し下さいました。

で、

オー!ありがとう!ありがとう!

僕の部屋でチョッと待っててよ!

と、申し上げても、

なかなかお入りになられません。

よくよくお聞きすると、

私の事を歯科技工士さんたちは

恐ろしく厳しい歯科医師だと、

そんな風に聞き及んでいるのだそうです。

へぇ~、

でもお宅の所長などは恐がってませんよね!

と、お尋ねしたのです。

そんなこんなの会話の後、

4時間ほどご一緒に仕事をさせて頂きました。

楽しかったですよ。

技工士さんも同じ想いだったと思います。

仕事後に、

私の部屋で煙草を一緒に吸ってました。

治療の話しに興じて楽しかったですよ。

またお越しになられるそうです。

私らは、

真面目に歯に取り組みさえすれば、

免許の違いから来る壁など

一気に無くなってしまいますもの。

同じ歯科医師であっても、

アホな奴と話しをするより、

歯に熱心な歯科技工士さんとの時間の方が

どれだけ有意義なモノであるか。

今日の患者さんはラッキーだと思います。

歯科技工士さんが直にお顔を拝見し、

私の裏方を務めてくれましたから。

技工作業を患者さんのお顔を思い出しながら、

其れが本当は1番大切な歯科技工の勘所なんです。

 

 

医療倫理

早朝から深夜まで、

休日から祭日まで診療している医療機関が在ります。

働く人達にはアリガタイ医療機関と言えましょう。

ただ、

医療行為には技術的担保が在ってこそだと、

私はその様に考えています。

1医療機関が診察できるキャパシティなど

たかがシレテいますし、

1医師が診察出来る能力など

気力、体力を鑑みれば、

もっとたかがシレテいると考えています。

医療行為が上手く運ばなければ、

其れは傷害行為と言えましょう。

その辺の基礎の基礎である

医療倫理を私らは真剣に自覚すべきです。

また、

治療を受ける側の患者さんも、

治療の差を自覚すべき時が今だと、

もう一度立ち止まって頂きたいと思います。

道のり

大学時代の同級生から請われて

手術のい・ろ・は・を、

模型で教授していたら、

教え方が悪いと指摘された事が在りました。

ビックリしました。

私の経験上、

多くの先生方から私も指導を受けました。

が、

直接い・ろ・は・の手解きを受けた事はありません。

チラッと観て、

其処から盗む。

そうして学んだからです。

私は歯科医師免許を頂戴した時から

プロフェッショナルだと考えていました。

ですから、

同業の優れた先生方から盗むモノだと考えていました。

プロフェッショナルマンは素人、学生ではありません。

教えて貰うのに、

教え方が悪いなどとは、

学なぶ姿勢が出来ていない馬鹿者だと考えています。

同級生ですから、

同じ時代に同じ教育を同じ大学で学んだのです。

私には技術の差について云々言う資格はありませんが、

少なくとも私の眼には、

治療ではなく、

壊しているとしか見えない嘗ての同級生の仕事に、

私は自分の辿って来た道のりが

間違いではなかったと思うのです。

 

科学であって科学ではない歯科治療

私は自身のホームページ上にて

治療方法の説明は無用と考えています。

其れは、

他の歯科医院のホームページにて簡単な処が判りますから。

私は治療の根本は画像なんかでは判らないと

端から考えています。

歯科治療ほど、

個人的技術の差が大きく影響するモノはありません。

ですから、

歯科治療は科学であって科学ではないのです。

職人芸的要素が大き過ぎるのです。

清掃性の良い治療

このところ新患ラッシュにて、

レントゲンなどの資料とニラメッコの毎日が続いています。

治療計画の作成がキチンと出来たならば、

その症例は、

90%は上手く仕上がると、

経験上、判っていますので、

真剣です。

ですから、治療方法の根拠となる【診断】に

甘い見通しが在ってはなりません。

治療方法の選択には、

患者さんのパーソナリティーも大きく影響します。

ですから、

患者さんのお顔を思いだしながらのプランニング作成です。

少しでも患者さんに喜んで欲しいので。

が、

患者さんが多過ぎて、

お顔を思い出すのに、

苦心する事も在ります。

その様な時にはスタッフの宮田君に

ほら、この方は誰だっけ?

そんな機会が多いのです。

昨日も申し上げましたが、

インプラントや審美歯科治療においても、

私は【歯周補綴】の基での治療を行っています。

単にインプラントを入れる、

セラミッククラウンを入れる、

と云う安直な仕事はしていません。

治療を長持ちさせるには、

【歯周補綴】治療が基礎の基礎であるからです。

その様な考えの基で治療が終了した患者さんのメンテナンスは、

とてもとても楽なのですよ。

清掃性の良い治療をしていますから。

 

【違い】が判る患者さん

嘗て私の診療所にて修行した歯科技工士の今の仕事を

新しい患者さんの口腔内所見から観る機会が在ります。

私が手解きしましたので、

製造者名を記していなくても判ります。

其れが職人と云うモノです。

が、

月日の経過と技量の進歩が決して比例しない事も

判りました。

情けない想いになります。

本人の努力不足と怠慢の賜物か、

私の指導が悪かったのかは判りません。

が、

当の私は進化し続けていますから、

私は不思議でなりません。

また、

この様なセミプロの域でしかない仕事の

見分けもつかない歯科医師の観る眼の無さにも

驚きを通り越し、

私は完全に舐めています。

私の患者さんの歯には入れられませんので。

入れ歯についても、

なぜ噛めない入れ歯しか造れないのか判りません。

素人目からすれば判らないでしょうが、

私の患者さんには【違い】が判るようです。

私はそんな患者さんに支えられています。

 

指先

昔から指先が器用だと言われていましたが、

当の私はその自覚はありませんでした。

歯科医師になってからは、

意識して手先のトレーニングに努めていました。

其れは自分の手先に自信が無かったからです。

私は運が良かったと思っています。

若い時分から、

著明な先生方に可愛がって頂きましたので。

ですから余計に、

自分の手先の未熟さを自覚出来たんだと思います。

当時のテキサスのメローニック先生やボストンのネビンズ先生

カリフォルニアのソケット先生。

手術の名人でした。

若い私はぶっ飛んだモンです。

クラウン修復はキム先生。

凄まじい気迫でクラウンの調整されておられました。

で、

其れは科学の理にかなったクラウンが在りました。

インプラントはブローネマルク博士。

インプラントの精神的支柱が其処には在りました。

そんなこんな環境でしたから、

自然と自分の無力を知り、

謙虚な気持ちと、

チャレンジ精神、

相反しますように見えますが、

歯科への情熱が在ったから、

進む道を失わないで来れたんだと思います。

ただ最近、

私の診療所へお越しになられる患者さんの治療痕跡を観て、

皆、下手くそだなと。

申し訳ないのですが、

技術的足腰の弱さしか感じられません。

時代でしょうか?

大工さんも同じ事仰っておられました。

そうかもしれません。

私らの幼い頃には、

男の子はみんなが【肥後の守】という小刀ナイフを持っていました。

鉛筆削るのも、

工作するのにも自らの手で削っていました。

そんな環境が、

手先の下準備になっていたのでしょう。

歯周補綴

昔の歯医者の方が

謙虚で技量も上だったと感じています。

歯をクラウン修復した際に、

歯周病の症状を発現させ、

歯茎と骨に炎症を起こさせ、

その結果、

自らの手で治療したクラウン修復が長持ちしない原因を

科学と手技から検証したのが、

今から40年ほど昔の事でした。

ペンシルベニア大学のアムステルダム先生の提唱した

【歯周補綴】と云う造語は余りにも有名です。

補綴と云う単語は歯科医学では一般的です。

入れ歯やクラウンなどの人工物によって、

歯の形や噛み合わせを再現する治療です。

歯科医師が日常に行っている治療です。

この補綴と云う単語に歯周と云う単語をくっ付けた

【歯周補綴】とは、

歯周組織を壊さない補綴治療と云う意味です。

補綴治療では当時は、

トーマス先生が著明でしたが、

歯周補綴のトップランナーとして

レイモンド.キム先生の名前は余りにも有名です。

私を含めて、

私の師匠である内藤正裕先生などの多くの臨床家は

キム先生から大きな影響を受けました。

歯周補綴の洗礼を受けた私らは、

幸運な時代に生きたと思います。

その後、時代はインプラントと審美歯科へと移り、

歯周補綴の概念は置き去りにされた感が在ります。

歯周補綴の実際は、

とても繁雑で複雑な治療手順から成り立っています。

流れ作業の歯科治療に馴れた歯科医師には、

とても手が出せる手順ではないからです。

歯周補綴の出来る歯科医師は希少となりました。

昔ながらの大工の仕事みたいですから。

私の診療所が難しい症例の宝庫と言われるのも、

各地から歯周補綴を求めての患者さんが多いからです。

昨日の新しい患者さんも、その1人です。

歯科医師の入れたクラウン修復によって

歯茎と骨に炎症が起こっています。

正に歯科医師が造った歯周病と言えましょう。

正しい手順にて歯周補綴を行って、

再び歯周組織の健康を取り戻す事が出来ます。

すがる様な表情で私を見つめる患者さんですが、

私は心配していません。

其れは私が歯周補綴のプロであると

自覚していますから。