月別アーカイブ: 2015年3月

娘たちとの関わり

春休みだからと言って、仕事がありますから何処かへと連れていくことができないので、

娘たちが退屈するのもよく判りますが、それでも彼女たちはよく喧嘩をします。

然り気無く観察していると、大概の場合、下の二人が上にチョッカイを出してが原因のようです。

で、つつきあいから叩きあいへ、遂には掴み合いに発展しています。

途中までほっておいていますが、ある時点で、

ー 馬鹿野郎!やめんかぃ! ー

で、一瞬にて鎮まります。

喧嘩の原因は聞きません。

其々に言い分があるからです。

どちらが良くて、どちらが悪いという審判をしない主義です。

下の二人の其々に、上のおねえちゃんに逆らうな!とだけ、言い聞かせています。

下の二人の手助けを、下の二人が困った時に、上の娘が頑張っているからです。

そういう意味で、私は民主的な考え方はできません。

妹は姉に従えという躾をしています。

時には、頬をひっぱたくこともあります。

これを暴力とか、虐待と言われたら、

言う相手の頭の程度を疑います。

悪いことは、その場でシッカリと解らせる必要がありますから。

口答えや逆らってくる時もありますよ。

但し、後から反省するのでしょう。

シクシク泣いて、謝ってきます。

そんな時には、何事もなかったように、膝の上にのせてダッコしています。

また、娘たちは私を相当な寂しがり屋であることが判っているようです。

ですから、私を独りほっておくことはしません。

私の娘たちとの接し方を変える気持ちはありません。

診療所の自室に、診察を終えて帰った私に、

粘土細工のケーキをご馳走してくれました。

旨そうに、本当に口の中にほりこんだら、

ビックリ瞳の3人に吹き出した私です。

お導き

【徳川四天王】と謳われた名将、本多忠勝がこのような言葉を遺されています。

ー 武士は成る程、武士くさく、味噌はなるほど味噌くさくあれかしとぞ思ふ ー

私のような職人も、職人くさくで佳いのだと思うに至るまでの間は随分と苦しみました。

私の診療所の観音様の話は、ブログでも時々触れておりますので、ご承知の方も多いと思います。

幼い頃の私を随分と可愛がって下さった、それこそ血縁はありませんが、今日、私が手を合わせるということを

自然と受け入れることが出来るのは、この観音様を私に譲って下さった他所のおばあちゃまでした。

以来、観音様は私と共にいらっしゃいます。

このおばあちゃまが亡くなったのは、私が大学生の頃です。

免許をとりたての私の助手席に座って、小豆島のお遍路へ行った思い出があります。

先日、無縁地蔵様のお掃除へと娘たちと出かけた時です。

心の中に、このおばあちゃまの顔が浮かんで、

それはもう、なにか落ち着きのない心持ちとなり

自然と足が、多くのお地蔵様の場所から離れて、

墓地と墓地との間の細い小路をあっちへ、こっちへと。

で、目の前に、確かに眼に焼き付いた墓石の側面に、

あのおばあちゃまの名が刻まれておりました。

線香の煙の中で、大泣きした私です。

突っ張って、一生懸命に坂をかけあがっってきました。

雨のふる中でしたが、

私を誘って下さったのでしょう。

私が歯科の世界に入りし時に、誰よりも喜んで下さいました。

私も既にこの歳です。

歯科医としての正念場!

よし!再びダッッシュで駆け出そう!

私の子育て

私の子供の時分は、日本がまさに高度成長の時代で、

商家であったために、従業員も家族も一同で朝から夜遅くまで働きずめであったように思います。

自宅の風呂は未だに薪を焚いて沸かすものでした。

小学生の3年生頃には、顔を墨だらけになって工夫しながら風呂を沸かしていたのを覚えています。

夕食も、働いている家族のために卵焼きを焼いたり、

自分も少しは皆の役にたたねば!と理解していたように思います。

商家でしたから、繁盛しないと食べてはゆけない、繁盛すると忙しい、忙しい時には皆で協力といったことを

教えられた機会はありませんが、身に染み込んでいたように思います。

商いが苦境にたった時も肌で感じていましたね。

小ささ家に引っ越して、生活規模がグンと縮小し、銭湯帰りに時たま、クリームパンを買って貰った時には

世の中にこんなに美味しいモノがあるのかと!でも、贅沢なんじゃないか?なんて云った想いがしたのを

小学校へ上がる前ぐらいでしたけど、商人の倅って、そういうもんだと思います。

滅多に帰宅しない父親から、テレビを観ていた時に

ー 馬鹿野郎!勉強せんかい! ー

と、いきなり殴られたり、それこそちゃぶ台ひっくり返しなんぞも何度も経験したものです。

不条理の見本が身近にあった訳で、理屈にあわなくても、悪気がなくても

雷が堕ちるということを子供の時分から経験しました。

これは、社会に出てから大いに役にたちました。

特に医局という処は、典型的な縦の社会です。

徒弟制度の見本のような処でしたから、

よく叱られたもんです。

但し、素直に受け入れていましたね。

私は、今は教えて貰う側だと云う認識を持っていましたから。

医術に間違いがあってはなりません。

当然、お手本があって、それから逸脱すると、当たり前ですが、雷が堕ちる訳です。

直して、直してという姿勢を叩き込まれたように思います。

こういう私ですから、今流の教育方法や教育論には違和感があります。

子供の意思の尊重だとか、子供が萎縮しない教育ってのも判りますが、

やはり親なり社会が、子供が独りだち出来るまでの助走期間は、

時には厳しく躾ないと駄目だと思っています。

娘たちは、パパのことが恐いと思っていますよ。

これ以上オイタをしたら叱られるという線は、キチンと認識していると判ります。

でも、パパは自分達には甘い!ということも判っているようです。

何かをせがむ時は、私にすりよって来ますから。

娘たちと一緒にくっついて寝ていますし、何時でも一緒に居ますから。

甘えん坊のひっつき虫と、娘たちからしょっちゅう言われています。

パパのことが好きだけど、怒らせたりしたらメチャクチャ恐い!でも困った時は絶対に助けてくれる!

父親って、それでいいんじゃないですか?

私は昔気質の、歯のこと以外は判らん馬鹿ですけど、

それでいいんだと思っています。

他人から、どうのこうの言われたくないというのが本音で、

身体を張って、子供たちを世間にご迷惑かけないように社会へと送り出そうと、

私は私なりに工夫しています。

そんなもんですよ。

昨日は生憎の天候でしたが、前夜から娘たちと約束をしていました。

みんなでお弁当を作って、外へと出掛けようと。

夜から台所の流しに3人の娘たちと並んで、弁当の下ごしらえです。

末の娘なんかは、背が届きませんから、それこそ椅子の上にのっかって、

一人前に手伝ってくれてます。

で、全ての指図はキチンと上の娘です。

色とりどりのかわいいいお弁当なんかじゃなく、

それこそ大工の弁当みたいでしたけど、

半咲きの雨に濡れた桜を車の中から眺めながらのお弁当は美味しかったですよ。

傘をさしてお墓の掃除やお線香、お供えを、それこそ分担でして帰りました。

私は男ですから、所詮は所詮で母親の母性本能はありません。

但し、最近の若いお母さんたちや、お祖父ちゃんお祖母ちゃん方をみてて、

なんか違うって感じています。

今の子は、これから大変な時代を日本を背負っていっていくわけです。

試練なり辛抱、踏ん張り力は勿論のこと、感性も特に伸ばしてやらんとと思いませんか?

そんなこんな考えながら、私は診療の前準備を、

娘たちは、絵本の図鑑に釘ずけになっています。

ひと休み

今、やっと昼の休憩です。

と言っても、20分くらいしかありませんが。

家から持ってきたお弁当を娘たちには先に済まさせ、残り物をつついています。

折りの中のサラダのドレッシングのかかった処は綺麗に食べ尽くされ、

野菜だけの処を前にバッタになった気分です。

診察が終わって自室に戻ると、

娘たちがまとわりついてきます。

膝の上に乗ったり、図鑑を見せてくれたりで、

食べながら、話を聞きながら、ブログを認めながらと云った処です。

正に浪人となった愚息や、今では社会人になった娘たちからの相談にのってやったり、

子供の数だけ心配事が絶えません。

読まねばならない文献、論文に追われて胸が苦しくなるのは学生時代からの相変わらずです。

患者さんの治療計画を考えるための資料も机の上に山積みです。

これ等をこなしていく過程を、娘たちは興味深く眺めているみたいです。

パパは勉強している人という認識は、彼女たちには在るようです。

私らの仕事は、常に勉強ですから。

子達に私は、勉強!勉強!と云った記憶はありません。

時間にだけは正確にとか、決まりをつけろとは口酸っぱく言ってきましたが。

見本には決してならない親父ですが、筋目を正す男という認識だけは、私の子供たちは判っているようです。

人それぞれに考え方なり、こだわりがありますが、

幼い娘たちと一緒に過ごしながら、まさしく私のDNAを感じます。

娘たちに教えて貰って成長させて頂いていると云った処です。

今夜は自宅で娘たちとテーブルを囲んで、

それぞれには課題を、私は診療の計画をと思っています。

三枝デンタルオフィスの日常

今日は診療がバタバタすることが予想されるので、

何時もより娘たちを早起きさせました。

みんなで犬の散歩へと出掛けて、春の訪れを川の水の流れや道端に咲いた草花に実感しました。

診療に先だって、上の娘は掃除機で、下の娘が観音様のお供えを、真ん中のモモちゃんがラッシーのお世話をと、

三枝家の小さな小さな家業ですが、父のお手伝いをと思ってくれていることに心暖まる想いです。

一見、世間からは派手に見える私でしょうが、

小さな娘たちと肩を寄せあいながら、診療所へお越しになって下さる患者さんへ一生懸命、尽くしたいと思っています。

歯科医という仕事は決してセレブな仕事ではありません。

患者さんとの時間に、自身をベストな状態にするために他の時間を充てなくてはなりません。

歯科医にとって、診療所は役者で云う処の舞台のようなモノです。

花形役者の仕事が出来るようにと、

父たる私を支えてくれる幼い娘たちに、ありがとうね!と毎日、語っています。

院長室に、今日も3人娘のカシマシイ会話が始まり出しました。

ー あら、お嬢ちゃんたちですか?春休みでしたね!元気を貰って先生、幸せね! ー

これが三枝デンタルオフィスです。

さっきの続き

明日は予約がパンパンで、ブログを認める時間的余裕がありません。

で、今手が空いているので、序でに想う処を徒然に。

小学生高学年の頃に、ブルース.リーが人気でした。

当然、私も【燃えろドラゴン】や【ドラゴン危機一髪】を爪を噛みながらスクリーンに釘付けとなり、

少しだけ受け口気味の顔つきを真似て、鏡の前で眉間に皺で、下顎を前加減にしてみたり。

商家で育ちましたので、下働きの爺やにせがんでヌンチャクを拵えて貰って、

頭に瘤を造って練習に励んだモノです。

尊敬する婦人科の伯父の院長室に【ゴルゴ13】のコミックがズラリと並んでいました。

伯父が外来の間に、コミックを取り出して、巻中のエッチな描写にかぶりつき、

ニヒルなデューク東郷に憧れて、揉み上げ部分にマジックで黒く塗って真似した自分を思い出すと

顔から火がでる思いです。

今では、其なりの偉そうな顔をして見せていますが、

何処にでもいるヤンチャ坊主が其のまま大きくなったようなもんです。

緊張

今年は、やけに初診の患者さんが多いです。

私を頼って頂いてありがとうございます。

私としても、いつになっても初対面は緊張します。

この通りの偏屈者の頑固者です。

笑顔でお出迎えといきたい処ですが、

男子たるものニヤニヤするなで育った世代ですから。

小学生の頃にテレビで【巨人の星】というアニメが人気でした。

筋肉強化ギブスに影響されて、特訓したのが懐かしい思い出です。

あの星一徹のちゃぶ台ひっくり返し!や、

その数年後のテレビドラマの【寺内貫太郎一家】から、

家の親父って云う者は、得てしてそういう者だったと思います。

あれが今の世であれば、到底、許して貰えない暴挙の謗りを受けるでしょう。

何でもかんでも今流が良いとは思いません。

現に私は、現役の教育も務めています。

内心、あまっちょろい!こんなんで人の身体を扱う重責が務まるか!と、思うことしばしばです。

男は牙を研いてこそ男です。

女子供の考えも、よーく聴いて差し上げなければなりませんが、

進む道は男が決める者。

初診の患者さんには、私も緊張してるんですよって話から大きく脱線しましたが、

これが偽りなき三枝尚登という人間の考え方です。

決断

謙虚で素直な心が、何よりも成長には欠かせない条件だと思います。

持たない方が良いプライドのために、成長出来ないのは不幸です。

他人を批評してみても、欠点のない人間などこの世には居りませんから、

澄んだ水のような気持ちで日々を過ごすことが大切だと思います。

といって、喜怒哀楽の感情を、わざわざ棄てることは愚かだと思います。

それは人が人である証ですから。

これだけ多くの人間が、この狭い国土に生きています。

合う合わないが在るのは当たり前。

その人の持つ哲学なり信念が私の其れと違ったとしても、

確かにそういう何か確たるモノを持った人を私は尊敬します。

飲んで育った水が違うという言葉があります。

これも仕方のないことで、こう言った場合には早晩、上手くは往かないことは

この歳に成ると判るようになりました。

チャレンジする勇気と、無理にとは全く異なります。

私は歯科医ですから、毎日、患者さんという人と接し、

色々な病の手当てで過ごしてきました。

日々を研鑽し、新たなるチャレンジ精神が仕事の原動力です。

人と接する仕事ですから、人が好きでなければ務まりません。

諦めない強さも絶対に必要な、医者の条件です。

が、無理しない、我を張らない、プライドを持たないことも大切な気持ちの持ちようだと思います。

その中で、駄目なモノは駄目と見切る潔さも、矛盾しているようですが、

傷が大きくならないためには、大切な決断だと思います。

この決断に至る経過と、その間にどれ程の努力と粘りをみせたのか、

自身の胸に手を当てて、心と頭が一致したタイミングが、正にその時だと思います。

人の人生の中で、何度も決断の機会が訪れます。

一見、優柔不断に見える私ですが、後悔ないように、

粘りに粘って、自分がボロボロになるまで手当てを尽くし、

もう何の方策もないと悟った時に初めて、

鞘から刀を抜き、全う段に構えてではありますが、

前へ前へと相手との間合いを狭める作法は好みません。

構えたら、ヤー!と一刀断するが、思い遣りだとの考え方を潔しと思っています。

清々しい心持ち

一昨日から昨日まで、都内でご開業の若き歯医者さんが見学にお越しになられていました。

他校の卒業でもあり、私とは初対面です。

私の変わり者評判も、ついには此処まできたかと思いながら、

それでも見学を希望される若い歯医者さんが絶えないことに、

なにかひとつでも私から見つけて欲しいと思っています。

勉強したい!との思いが伝わって来ます。

派手な治療ばかりに興味を持つチャラチャラした輩が多いなか、

あぁ、棄てたもんじゃないな!と、

清々しい心持ちとなり、

来4月より、ウチの医局の研究生として確りしごかせて頂くことに。

死ぬほどに勉強して頂こうと思っています。

娘たちの春休み

春休みに入りました。

3姉妹は、私と一緒に診療所へと。

朝の準備を助けてくれています。

長女が掃除機で、下の二人が診療所前の水仕事!

ありがたいのですが、早速に喧嘩が始まります。

早く、新学期が来るのが待ち遠しいと云った処です。