月別アーカイブ: 2022年2月

カトリック教会・司教さま・との・会話から

約3年ぶりに、

高松市桜町カトリック教会へと、

昨日の午前、

診療所を半休し、

足を・踏み入れたのです。

四国教区の司教様と・お会いするためでした。

ミサでは・司教様を存じ上げて・おりましたが、

直接に、

一対一・で・お会いするのは・初めてです。

数時間・お話し・したでしょうか?

司教様が、カトリックの道に入ることを決意する・1年前、

1年間、

寺院の阿弥陀如来さまの・仏像を前に、

座り・続けられた・お話しや、

お互いが・関西人ですから、

あや・が・通じる・ところが・あるんです。

生きる過程において、

さまざまな・葛藤を・人は・経験します。

私は、

それに・真摯に・向き合いたいと・思います。

私は・17の歳に・歯科医学の道に・入りました。

何事よりも、

この道を・全うする・決意を、

更に・固めたのです。

 

これが【総合歯科診療】

最近、

総合歯科診療・という言葉を、

よく・耳にしたり、

目にする・機会が・増えました。

で、

よく・見ると、

審美、インプラント、小児歯科、歯科矯正、

なんでも・対応できますよ!

そんな・診療体系を採用している・歯科医院のようです。

しかし、

それは・違いますよ!

私は・日本歯科大学・総合診療科の・臨床教授です。

日本歯科大学は、

現在の・日本における・歯科医療を創り上げてきた・伝統校です。

日本歯科大学の・総合診療科。

なんでも・対応しますよ!って云う・診療科では・ありません。

附属病院の中には、

総合診療科とは・別に、

口腔外科、小児歯科、矯正科、インプラントセンター・などなど、

他の・科が・存在していますから。

総合診療科とは、

口腔全般を鑑み、

一口腔単位の・包括的歯科治療を・実践する診療科です。

ある・女性患者さんの・初診時所見です。

で、

今日・現在の・この患者さんの・口腔内所見が・次のモノ。

元来、

この方は・幼少期、

耳鼻咽喉科・疾患にて、

テトラサイクリン抗生剤の処方を・受けておられましたので、

独特の・歯の変色が・認められます。

今、

審美・審美で、

白い歯・ベストな時代。

しかし、

私は、

この患者さんに対しては、

変色の度合いが・小さいこと。

健全な歯を・削ってまで・白くする良いも、

健康な・口腔状況で・いて欲しい・という思いを・第1の優先事項とし、

全顎的な・歯科治療を・行いました。

ただ、

ただ、

上の犬歯と、

上の前歯1本は、

セラミック・クラウン修復です。

ついでに、

上の前歯1本は、

ダイレクトボンディング修復です。

さて・さて、

どれでしょう?

包括的歯科治療こそ、

総合歯科診療・なのです。

歯と・共に生きる

私の・59歳の・誕生日です。

今朝、

これも・また・もうすぐ88歳になる母に、

母が贔屓のケーキ屋へと出向き、

恥ずかしいけど、

小さな・苺のショートケーキを・一つだけ・買いました。

私は・大人の男ですから、

もっと・恥ずかしくて・ケーキなど。

で、

母に・持って帰りました。

熱いコーヒーと・苺のショートケーキ。

母は・既に私の誕生日など・記憶から・去っています。

今日は・美味しそうだね!

貴方のは?

俺は・男だから・ケーキなんか・食べ・へんのやで。

そうなん・大人の男の人って・気の毒だね!

そんな・たわいもない・会話から、

息子の誕生日であることを知った母。

涙ぐんで、

何も・してあげられなくて・ごめんなさい。

そんな台詞など・思いもよらず、

産んでくれて・ありがとう。

そう・返すのが・精一杯でした。

ちょっと・外で・煙草を吸ってくると・伝えて、

私の方が・涙ぐんで・しまったのです。

今まで・大勢の・さまざまな・人たちと・関わってきました。

納得できない。

悔しい。

情けない。

そんな・想いばかり・で、

それでも、

きっと・いつかは・判ってくれるだろうと、

一生懸命、

辛抱・し、

反省も・し、

努力も・し、

でも、

ついに、

我慢の限界に至って・いたこの頃・でした。

でも、

心を・保つことが・できたのは、

【歯への・情熱】に・ほかなりません。

この頃・ブログの更新が・とどこって・いました。

男の人生の・最後の山の・頂きを前に、

躊躇していたからです。

が、

私は・山を・登ります。

情熱の・歯医者で・い続けたい・から。

 

 

 

いつまで・経っても

私は・早生まれの2月23日が・誕生日です。

天皇陛下と・同じ・なんですよ。

日本歯科大学の受験は2月1日。

ライバル校であった・東京歯科大学も・2月1日。

併願できない・掛け持ちできない、

日本歯科大学を・という受験生を・選んでいたんですね。

で、

合格発表は・2月11日。

ですから、

私は・17歳で・歯科の道に進むことが・決まった訳です。

昭和56年の・こと・でした。

現在、

私は58歳。

もう・10日ほどで、

59歳に・なります。

40年。

でも、

歯への・情熱は、

ますます・強まる・ばかり。

あと、

患者愛・という・言葉の意味・について、

常に・意識する自分が・居ることに・気がつきます。

いつまで経っても、

少年の心で・居たい・モノ・ですね。

三枝デンタルオフィスの・現状での診療形態

2年も経過すると、

新型コロナウィルスへの・医療機関の対応について、

ある程度・形・が・できてきました。

今日は・祭日ですが、

私は・ひとりで・診療所へと・向かいます。

歯科治療を・行うためです。

突然の・急患の来院は、

完全に管理された1日を・乱します。

1日を・完全に感染対策に対して・計算し尽くして、

診療所を・守っているからです。

診療所内の・空気の循環装置も完備していますが、

人の入室自体が、

ウィルスの付着を・生じるからです。

その辺りの・ノウハウは・完全に・整いました。

が、

急患の・受け入れは・計算外なのです。

そういう訳で、

そのような急患の方への・診療は、

休日を返上し・行うのです。

休日ですから・スタッフは不在です。

私は・器用ですから、

診療自体・ひとりで行うことに・不自由は・ありません。

この日曜日は、

県外からの・医師2名の・歯科治療です。

元来・私は歯科治療が・趣味ですから、

むしろ・楽しんでいます。

コロナ・コロナで・不安をつのらせる・よりも、

コロナの時期だからこそ・の、

過ごし方を・楽しみましょう。

とにかく、

歯科医院に関して言えば、

1日の入室制限を・設ける。

並列診療を・行わず、

極端に言えば、

私の診療所のように、

患者さんが・いらっしゃる時間には、

他の患者さんの来院時間を避けて、

完全貸切状態にする。

診療所内の空気の循環を・徹底する。

で、

休む・など・という考え方は・横に置いて、

休日変上で・医療行為に・勤しむ。

だからこそ、

医療人なんです。

日本歯科大学の・学風

昨日の午後、

札幌市の歯科医から・お電話をいただきました。

治療の・引き継ぎが・お電話の主旨でした。

電話口からの・お声から、

穏やかな・紳士であることが・容易に想像できました。

で、

お尋ね・したのです。

先生・なぜ・私を?

すると、

何年か前・私の講演を・お聞きくださった・とのこと。

で、

先生・私を覚えていませんか?

私は・正直に・先生を覚えておりません・と、返しました。

もしかすると・先生は・日本歯科大学のご卒業ですか?

私は76回卒ですが。

すると、

私は74回卒なんですよ。

で、

大変・失礼いたしました。

申し訳ございません。

先輩に対して・ご無礼いたしました。

私は・学生時代、

とんでもない・ヤンチャ坊主でしたので、

真面目な・学生を知りません。

ですから、

この先輩は・真面目な学生さんとして、

青春期を・お過ごしになられたのです。

そこから、

話しが・大いに広がったのです。

日本歯科大学の・学風が・ここに・あるんです。

 

 

葉っぱのフレディ

偶然、

【葉っぱのフレディ】という・童話を・手にしました。

この童話を・存在こそ・知っていましたが、

大人の私が・頁を開く機会は・ありませんでした。

1998年に他界した・アメリカの哲学者が、

生涯に・たった一つ・書いた・物語です。

葉っぱとして・生まれたフレディは、

春から夏を・充実して楽しく・過ごします。

仲間の・葉っぱと共に、

太陽の熱や・月の光、

星の煌めきの・恩恵を受けて、

雨に濡れ・風に吹かれて楽しそうに・踊り・遊び、

人々のために、

緑陰となって・働くのです。

が、

やがて・秋を迎へ、

冬に入り、

枯れた葉っぱの・仲間たちは、

一枚・また・一枚と、

木から離れて・ゆくのです。

その光景の変化を、

フレディは・受け入れることが・できません。

死・というモノを・恐れるのです。

ついに、

フレディに・その時が・訪れたのです。

静かに・木から離れて・雪の上に・着地するまでの間、

生まれて初めて・葉っぱのフレディは、

【木】の・全体像を・見たのです。

それは・がっしりとした・たくましい大木で、

しっかりと・大地に根を・張っていました。

落ちた葉も・やがては・土に返り、

新しい生命を・木が育むための・養分になるのです。

で、

フレディは・悟ったのでしょう。

この木は・ずっと生き続けるだろう。

【命】は・永遠であることを、

自己の・命を失ったことで、

フレディは・身と引き換えに、

安らかな・消滅に・到ったのです。

何事にも・意味があり、

何事にも・感謝すること。

この・幼児への物語から、

情けない・ですね!

私は、

胸に・手を当てて、

今までの・生き方を・大いに・恥じたのです。

労働する・こと

働く・って、

どういう・こと・でしょう。

今の・日本は・豊かに・なり過ぎた・のかも・しれません。

私は・高度成長期にある・昭和38年に・生まれました。

戦後・やっと・立ち直った・日本です。

まだまだ・欧米に対する・コンプレックスが・あった時代です。

豊かに・なりたい。

当時の・日本人は、

それだけが・潜在意識に・あったように、

今になると、

考えるのです。

でも、

豊かさって・何でしょう。

今、

豊かさの・意味を・再認識する・必要がある・ように思います。

生計を立てる。

もちろん、

大きな・意味があります。

でも、

それだけで・良いのでしょうか?

歯学という・生命体を学べば・学ぶほど、

科学では・到底・解明できない・壁に・ぶち当たります。

決して、

理屈や・学問では・説明できない、

不思議な・現象を、

日々、経験するからです。

そこに、

神や・仏と・人間が表現する・力の存在を・感じるのです。

私は・歯科医師です。

歯科治療で・生計を営んでいます。

が、

食べて・ゆくために・診療している訳では・ありません。

一生懸命、

運命の中で・出会った・歯学を通じて、

自分創りのために・労働しています。

ですから、

歯の仕事・すなわち・私の命でも・あります。

絶対に・流されないぞ!

そういう・意地で、

歯学に・しがみついて・きました。

それは、

これからも・変わらない・でしょう。