昔から指先が器用だと言われていましたが、
当の私はその自覚はありませんでした。
歯科医師になってからは、
意識して手先のトレーニングに努めていました。
其れは自分の手先に自信が無かったからです。
私は運が良かったと思っています。
若い時分から、
著明な先生方に可愛がって頂きましたので。
ですから余計に、
自分の手先の未熟さを自覚出来たんだと思います。
当時のテキサスのメローニック先生やボストンのネビンズ先生
カリフォルニアのソケット先生。
手術の名人でした。
若い私はぶっ飛んだモンです。
クラウン修復はキム先生。
凄まじい気迫でクラウンの調整されておられました。
で、
其れは科学の理にかなったクラウンが在りました。
インプラントはブローネマルク博士。
インプラントの精神的支柱が其処には在りました。
そんなこんな環境でしたから、
自然と自分の無力を知り、
謙虚な気持ちと、
チャレンジ精神、
相反しますように見えますが、
歯科への情熱が在ったから、
進む道を失わないで来れたんだと思います。
ただ最近、
私の診療所へお越しになられる患者さんの治療痕跡を観て、
皆、下手くそだなと。
申し訳ないのですが、
技術的足腰の弱さしか感じられません。
時代でしょうか?
大工さんも同じ事仰っておられました。
そうかもしれません。
私らの幼い頃には、
男の子はみんなが【肥後の守】という小刀ナイフを持っていました。
鉛筆削るのも、
工作するのにも自らの手で削っていました。
そんな環境が、
手先の下準備になっていたのでしょう。