日別アーカイブ: 2017年2月9日

イヤハヤ

初老?のお母様と40代のご令嬢が治療にお越しなられているのですが、

今日はご令嬢の診察でした。

診察が終わった丁度その頃、

お母様が診療所へと待ち合わせの為にお越しになられました。

美容室へ行かれていたそうな。

高松市在住の方ではないので、

美容室に行かれるのであれば、

今度はご紹介いたしましょうか?

と、お尋ねした処、

【イケメン】の多い処が希望であるそうな。

そうですね。

私が年寄りで、イケメンでないからゴメンナサイね!

とお返ししたら、

お二人して笑って居られました。

元気なるかな、女性陣!

イヤハヤ。

医療教育

アメリカ型の社会になったからでしょうか?

○○ハラスメントと云う言葉に、

誰しも【敏感】になりすぎた傾向の強い昨今です。

その自衛処置として、

【コンプライアンス】と云う、

訳の判らない対応策に知恵を搾る無駄な労力を割かねばならない

馬鹿げた世状が【普通】になりつつ在ります。

私は【古い時代】の医学教育にて育てられた世代です。

教官から怒鳴られ、

胸ぐらを掴まれ、

蹴りを入れられ、

時には、

無視を徹底され、

書類を床に叩きつけられ、

歯学を身に着けてゆきました。

当時は、

悔しい想い、

情けない想い、

人知れず涙を流して、

青春期を過ごしました。

ただし、

教官を恨んだ事はありません。

自分の力不足をヒシヒシと実感し、

力を着けよう!と、

努力したモノです。

平成の世においては、

パワハラと挙げ足取る方も居られようかと思います。

が、

それは心根違いだと思わざるを得ないのです。

私ら医療人は、

治療と云う名において、

人の身体を傷つけます。

其処には、

医学的根拠と医療倫理、

そしてたゆまない修練の結果での、

患者さんの病を治す戦いと云う大前提が在る故に

成り立っているのです。

大きな大きな責任を背負うのが医療人の定めと言えましょう。

私は考えます。

医学教育に於いては、

セクシャルハラスメントは別物として、

パワーハラスメントは適応出来ないと。

無論、

医療人は紳士でなければなりません。

が、

全ての局面に於いて、

人格者になる必要は無いと考えています。

対患者さんは、

其れとは別物として区別するのは当たり前です。

あくまでも、

患者さんに対しては、

強い包容力と暖かい大きな心、

これを私は【ナイチンゲールの心】と表現していますが、

人格者の風格で接し、

手当てに従事する事が責務なのです。

それと教育は別物です。

医療人は裏方です。

コレは厳しく教え、教えられる環境が必須だと、

この姿勢が患者さんの為になると信じています。

モンスターペアレンツと云う人種も普通になりつつある昨今です。

この人種の登場が、

教育者の熱意を失う根本的原因である事を

教育機関を含めて、

役所や社会も目を背けてはならないと思います。

学ぶ者を一時期【型】に嵌め込み事も、

教育の本来の通過点です。

基本の出来ていない時期に

教えられる者の希望を聞く事が

個性を育てる要件ではないと、

私は経験上、

そう信じています。

厳しくと言われるかもしれません。

が、

医療人の道は厳しくモノですから。

教育の場での教育と、

家庭での躾は別けなければなりません。

教育機関に対する親の口出しこそ

教育の一番の弊害になっている事を親自身が

もう気づかなければなりませんし、

教育者も、

そろそろ毅然とした強い姿勢で臨むべき時が来たと、

私は考えています。