日別アーカイブ: 2017年2月7日

神さまからのご褒美

映画の【ゴットファーザー】は、

パート1から3まで、

何度も何度も繰り返し観たくなる名作です。

ラストシーンでの

椅子に腰掛けたる引退後のドン.コルリオーネが

午睡のなかで生涯を終えた映像は

この映画を不動のモノに仕上げました。

私も、

かく終わり方をしたいと。

老老介護と云う言葉を耳にして久しくなりました。

私の周りでも、

その様な境遇を頻繁に目にします。

幼い頃の自分と親の関わりが

瞼に残っているからこそ、

介護する責任を重く自覚するのだと思います。

が、

老いは残酷なモノです。

痴呆症となれば、

その程度は一層顕著です。

穏やかな痴呆症は幸運な方で、

多くの方は、

怒り激しい痴呆症を呈する様です。

ご本人には自覚ありませんから、

罪はありません。

が、

家族には残酷この上ありません。

私は数年以上前に、

諦めました。

自分の親で在りながら、

身体から心が抜け出したと、

そう思い納得させました。

他人目には判りませんから、

初期は余計に困惑しました。

口から出る台詞は私の悪口、暴言ばかり。

身に覚えのない事も言われ続けられ、

最後には他人に吹聴し廻る始末に

怒りを通り越し、

途方にくれました。

五臓六腑と四肢が丈夫でしたから、

余計に始末が悪かった。

親が息子の風評被害の種になったのです。

悲しい話しですが、

これは実際の私の体験談です。

私は決意して、

関わりを絶ちました。

介護できるのは、

まだ幸せだと思います。

ただ私は、息子には迷惑をかけたくありません。

先の映画のラストシーンのように、

枯れる様に終わる。

それが生きる時間、

精一杯頑張った事への

神さまからのご褒美だと思います。

 

海外脱出を考える

先般、市内のショッピングセンターにて買い物の最中、

家族連れのトアル光景に出会しました。

小学校低学年とおぼしき女の子が駄々をコネていました。

父親らしき男性が、女の子に訳を優しく問い、

機嫌をとっていました。

その時、女の子は父親に向かって、

「 うるさい!」と、

序でに蹴りをいれたのです。

私を含む公衆の面前の事に

父親は面子を潰された格好になりました。

父親は娘の頬っぺたをツネリ、

置いて行くぞ!

と叱った処に母親らしき女性が現れました。

で、

この女性、父親を叱ったのです。

あろうことか、

娘の悪さは自分のせいだから、

叱るのならば自分を叱れと。

子供にも子供の言い分が在ると云う決め台詞。

事の成り行きを凝視していた私は、

この国の滅びる未来を予言したのです。

この馬鹿母親に違和感ない人が多数派であれば、

この国は変わってしまいました。

この馬鹿母親も恐らくそのまた馬鹿母親に育てられた結果でしょう。

こういう馬鹿な輩でさえも、

普段はなに食わぬ顔をして、

常識を語っているのでしょう。

私は海外脱出したくなりました。

滝沢馬琴の南総里見八犬伝を

この輩の顔に叩きつけたい衝動に駆られたのです。

仁義礼知忠信孝貞?でしたっけ?

ただ、

馬鹿過ぎて、

本の内容も理解出来ないっか?

 

 

 

私は歯医者

開業歯科医師の先輩から尋ねられました。

根管治療の際に、

ニッケルチタンファイルを使っているのか?

と。

私はニッケルチタンファイルのような

【効率重視の機械】による歯科治療には

否定的考えを持っていますので、

使ってはおりません。

ただし、使いもしないでの【評価】は公平ではありません。

ですから、

市販メーカーのご協力にて、

数台違うシステムの貸し出しを受け、

試してはみたのです。

私は考えています。

人の身体の手当てには、

赤ちゃんに触れるような優しい指先が必要だと。

ですから、

身体は疲労しても、

マイクロスクープを使って、

歯の先の組織は勿論の事、

歯の中隈無く、

見つめて、

マイクロファイルにて、

時間をかけて、

根管治療に勤しむ事が、

歯科保存学の王道だと信じています。

レントゲン上での確認は、

あくまでも2次元の世界であり、

見落とす、

あるいは見えていない部分の方が多いと、

レントゲンは参考にする手段としてと考え、

私は自分の見える現状しか信用していません。

また、

ニッケルチタンファイルシステムは

出来映えと価格の整合性が在るとは思えません。

と云う私見を述べさせて頂き、

この先輩は、

歯科保存学の大家でも在るので、

ご自身の指頭感覚に勝るシステムなど無い事を承知である事を

私は察しての返答でも在りました。

質問への私見は、

相手の技量なり診療体系によって、

違うコメントをしなければなりません。

端から精密な手当てなど無用の歯科医師には、

別のコメントをしたと思います。

患者さんへのコメントについても同様です。

ですから、

初めは患者さんの声をシッカリと聞き取りする事が大切です。

私の診療所は、

とてもとても小規模です。

私の診療所のキャパシティを鑑み、

私は【本当に困った患者さん】と【本当に歯を大切に考えて下さる患者さん】

にしか、

限られた時間を費やすしか、

時間的余裕がありません。

それでも私にしては、

大勢の患者さんに支えられて

今日まで歯科医師として生きてきました。

無理してでも、

私は患者さんに寄り添いたいと思っています。