月別アーカイブ: 2016年6月

美への気配り

皮膚科学会が京都で開催されているので、

今夕からチョッと出掛けて来ようかと。

皮膚科の領域は【細菌】との戦いと、

【傷跡】との戦いの場と言って良いでしょう。

歯科との関連を見つけて来ようかと。

の序でに、

祇園へでも足を伸ばして。

むしろ、そちらが本線かもしれません。

京は、とても眼に美しい処です。

街並みから、川からの風を通しての匂い、

料理の器から盛付けまで、

些細なモノに至るまで、

気の利いた美しさに感動させられます。

自宅での食事の盛付けひとつまで、

それが漬け物の類い、

汁物の類いであっても、

見目麗しい【仕掛け】がないと、

食べ物、器に魂が宿りません。

特に私ら歯科医は、

美を扱う仕事です。

歯科医ならば、

その辺りにも気を配ることが

良い治療造りに役立つでしょう。

何故、京都から、そんな話題へ移っていったかと言うと、

何処ぞの歯医者のカアチャンのマメなブログ、

コレはコレでオモシロイのですが、

イヤハヤ、盛付け、器が酷いこと、この上なし。

コレは、このカアチャンに責任はなく、

カアチャンのカアチャンに大いなる責任が在るんだろうと。

良い目を養うには三代懸かると言います。

こりゃ、ヤバイわ!

で、

気の強い女性の血は代々、受け継がれると。

イヤハヤ、この歯科医は可哀想だな。

 

歯への想い

年に数度、

50年ほど前に出版された当時の

日本の開業歯科医のスーパースターの診療録の頁を開きます。

【歯への熱い想い】が、ひしひしと伝わって来ます。

で、

歯科医学は進歩したかのように見えるのだけれど、

歯科医の技量や職責への自覚は

むしろ退化したのではないか!と、

感じざるを得ないのです。

私らの仕事は、

職人仕事の意味合いが強いと常々、感じています。

私の診療所の門を叩く新しい患者さんの口腔の状況を拝見する度に、

まだまだ、其処らの歯科医には負けぬと、

安堵する気持ちが半分、

若い歯科医よ、挑んで来い!と、

受けて立とうにも、

その様な【歯が好き】な若人も認められず。

無限の世界が、この小さな歯の中に拡がっているのにも係わらず、

勿体無いと、感じています。

本当の料理

誤解のないようにお願いします。

私は決して【食通】ではありません。

高級レストランよりも、下町の洋食屋の方を好みます。

高級ワインよりも、ワンカップ大関の方を好みます。

味わいから、思い出が甦るからです。

私は歯の職人です。

だからでしょうか?

いい加減な仕事をする人間が嫌いです。

もっと云えば、

なんのコダワリもない人を軽蔑します。

ただそれだけです。

不味くても、

訳が在るなら、

私は其れは其れで認めています。

今からもう35年は前の話しになるでしょうか?

雪の津々と降る夜は、

人恋しい、

酒恋しいモノです。

で、

大学の近くの【寿司屋】にて、

友人と待ち合わせと相成って。

学生ですから、始終お金がありません。

そんな私ら相手の【寿司屋】です。

店は若い主人独りで、なんとかかんとかと言った塩梅だったのでしょう。

私ら貧乏人でも、

まだ来てくれるだけマシと言ったのが本音の店だったと思います。

黒ずんだ鮪なんて、この店で初めて知りました。

寿司屋へ行って、出きれば寿司は食いたくなかったですね。

この店で、

私は初めて【あんこう鍋】を食しました。

コレは衝撃を受けました!

新潟で、初めて【甘エビ】の味噌汁を食した時も。

仰け反りました。

漁師さんのお食事かと。

私はボンボン育ちでしたから、

懐石料理で育ったようなモノなので。

すみません。

が、今では自らの手で、

これ等の料理を造ります。

一口、口に入れて、

あの懐かしい越後の風景が脳裡に浮かんでくるのです。

これが本当の料理だと、私は思っています。

男の修行

先の日曜日の朝の事です。

日本歯科大学 保存学第二講座 前準教授であった

山口隆司先生と待ち合わせ場所の品川へと急ぎ駆けつけ、

で、

「 三枝、チョックラ蕎麦でもどうだい?」

てな具合で、

【藪そば】の暖簾をくぐったのです。

盛りをひとつ。

あれっ?

思わず席の後ろ側を振り返り、

お持ち帰り用の出汁のラベルを眺めていたら、

「 ヤッパリ気になるんだ?」

と、私に語りかける山口先生。

【藪】が小豆島産醤油はオカシイでしょ?

と、マジな顔で山口先生に問う私。

この辺りの【彩】が判らないのは

大人の男の修行不足。

歯医者の意地

最近の傾向として、

他医院にてインプラント治療を勧められた患者さんが

大勢いらっしゃるのです。

既に歯を抜いてしまってからお越しになられた場合には、

もうインプラントかブリッジの選択をと云う塩梅になるのですが、

運よく、未だ抜歯に至ってない場合に於いて、

ほぼ全般の症例は、歯を残せるのに!

私にも子供が居ります。

出来が良い悪いは別として、

産まれた日から今日までの成長する時々の姿を忘れません。

健やかに育って欲しいとだけ念じて来ました。

患者さんにも、幼い頃が当然在った訳で、

親御さんは、幸せを願っていたことに間違いないのです。

患者さんが親御さんから引き継いだ大切な【歯】です。

安直に抜くなどとは【もっての外】と、

歯医者の意地がガゼンと芽を出して、

で、

マイクロスコープを引き寄せて、

あァ!また私は慢性的な眼性疲労に苦しむのです。

リンカーン

何時そんな時間が在るんですか?

と、せわしい私の日常を知る人から尋ねられます。

時間は造るモンです。

よく次から次へと見つけて来ますね!

はい。

本の背表紙が訴えかけてくるモンですから。

無理してでも、

書店へと出掛けています。

最近、高松市にも【ジュンク堂書店】が出店したモンですから、

競合の老舗よりも、

私はジュンク堂書店の方が、

本当に読書する人の立場にたった書店作りが出来ていると、

つい、診療所の近くに出来たジュンク堂書店に足が向くのです。

普段から私は財布を持ち歩きません。

序でに私は、クレジットカードは1枚も持っていません。

ズボンのポケットに、小銭程度しか持ち合わせていません。

歩きながらに、

治療の事などを思案する癖がついて、

落とすからです。

普段の私は、こんな感じです。

書店へは、

ポケットに1万円札を1枚だけ入れてと。

で、

帰り道、ドトールコーヒーにでも寄り道しようと思っても、

お釣りで珈琲を断念するのも

何時もの事です。

ですから、書店帰りは小脇に買った本の包みを

大切に抱えこんで、

診療所へと舞い戻るように

菊池寛通りを歩いています。

院長室のテーブルの上に

買ったばかりの本を並べて、

表紙とニラメッコし、

何れから読み始めようかと。

で、

今回はこの本から。

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いつか自由な時間が出来たなら、

ワシントンD.Cへ行ってみたい。

リンカーンの銅像を仰ぎ観たいと。

リンカーン関連の本は結構と読んだのですが、

表紙の【うつ病を糧に】と云う処が決定打となり

この本を選びました。

そう言えば、

どっかの審美歯科の歯科医から、

どうしてだか私はライバル視され、

アチコチで私のことを、

うつ病のキチガイだと吹聴され、

落ちが、

何でも三枝は歯の声が聞こえるそうだ。

歯なんかが話しなどする訳がないのに。

だから、アイツはキチガイなんですと。

其れを聞いた其処の患者さんは、

歯を診て貰うなら、

歯の声が聞こえる人の方が良いと、

私の診療所へと転院して来られたのです。

大層心配して下さり、

それは私の病状ではなく、

私への風評被害が心配だと弁護士と相談された方がとまで

案じて下さったのですが、

私はニコッとだけ笑って終わらせたことがありました。

歯科医からして観ても、

歯のキチガイと言われるのも仕方がないと、

私は自分でそう思っていますから。

お気の毒なのは、

その審美歯科を標榜する歯科医その人で、

審美を唱うその人本人のルックスは、

頭を揺すればコロンと音がする程の軽さと

親を恨めと言いたい外観に

上手な美容外科を薦めて差し上げようと、

序でに手先は猫のシッポのように

フラフラふらついて不器用を絵に書いたような粗末さ。

私の悪口を言いながら、

それが私の宣伝になっているとも知らず、

随分と其処の患者さんが来て下さり、

私の診療所は、

益々、商売繁盛となったのです。

そんなこんなを思いだしながら、

うつ病と言われたリンカーンの表紙を開いたのです。

安直インプラントへの警告

最近の歯科医は、どうしたモノか?

歯を粗末にし過ぎると感じるこの頃です。

直ぐにインプラントと。

もうその様な浅はかな事では、

歯科の信用を失ってしまうと案じています。

確かにインプラントは、決め手の処で、

私ら治療する側も随分と助けられています。

が、

インプラントは万能ではありません。

多くのインプラントが市場に出回っていますが、

それぞれの特徴が、

利点であり、

欠点でもあったり。

最後の最後まで、

歯を残す努力を、

歯科医なら【すべき】と、

私は毎日のように、

新患の患者さんを前にして

頭を抱えるのです。

 

三枝塾

私は、この十年来、歯科医向けの講演はしていません。

ですから、開業医が定期講読する歯科の商業雑誌記事も研修会の広告もしてません。

10年ひと昔と言います。

池波正太郎先生の【剣客商売】と主人公で秋山小兵衛の隠居生活に憧れて、

歯科医との係わりを避けて来ました。

私の講義は、日本歯科大学の講義のみ。

あとは好きな研究や、

毎日の診療のレベルを向上するので精一杯でした。

家と診療所と大学の間だけ。

そうこうする内に、

露出の頻度が減りますから、

若い歯科医は、雑誌の広告程度しか興味ないのでしょう。

診療に関係ない研究などはおろか、

英字での論文などは全く読まないでしょう。

若い歯科医は、私の名前を知らない人も多くなり、

時には唖然とする態度をとる年少の無礼な歯科医もいます。

それでも大学での仕事の積み重ね、

歯科が大好きと云う類い稀なる若き歯科医も増えているのでしょう。

色々な場所で、私の【三枝塾】は始まります。

メーカーも事務局の労をとって下さったり、

地方地方でも、其れなりのお声がけを頂いています。

私は若い歯科医と患者さんのためなら、

なんでもする積もりです。

お金は持って死ねません。歯科への恩返しです。

あり得ない話

昭和の時代から、

コレが同じ国なのか !と、

良い面、悪い面の共に

変わってしまった日本の国の普遍です。

先日、空港の書店にて面白い本を見つけました。

【数寄屋橋治朗】の解説書です。

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体裁は、表向き外国人向けのガイドブックでした。

それなのに、

親切に【日本語訳】も併記され、

はハーン!

コレは!と。

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マナー知らずの勝手なお客ってのは、

何処にでも迷惑を懸けるんだなと。

どの店にも、

その店の【やり方】ってのがありますから、

それが気に食わないなら、

他所のお店へ行けば良いのです。

その方が、

お店側も嬉しいのです。

マナーの知らないお客は、

お店にとってはお客ではなく、

ただの迷惑者でしかないのです。

そんな野暮な人が増えたって事でしょう。

回転寿司と鮨屋は、

私は区別しています。

と言って、

回転寿司は回転寿司の価値は認めています。

変にねじ曲げて解釈されては困りますので。

恐らく、国語教育が悪いんでしょう!

それと、ゲーム。

だから、本の活字離れが進んで、

日本語の理解出来ない人が増えたんでしょうね。

トップの度量

私が常々スタッフに対して、口酸っぱく言う台詞のひとつ。

【患者さんのことで、私の耳障りの悪い事だけは伝えて下さい】

仕事に夢中のあまり、

想わず配慮に欠けることが無いとは言えません。

また、考え方の違いから生じる、

また、私の説明の言葉足らずから生じる、

私と患者さんとの間の【ボタンのかけ間違い】ほど

愚かなことはありません。

私は患者さんが大切で大切で堪りません。

誤解ほど恐いモノは無いのです。

その様な時に私は、

スタッフからの報告に対しては、

自分の意見は一切言いません。

【判った。ありがとう】

と、だけ。

院長室のドアが閉まって、独りになって、

腹もたちます。

逆に、ナサケナイ気持ちで逃げたい想いに、

恥ずかしさで叫びたい時も在り、

大いにプライドが傷つき、

煙草の箱を床に投げつけて、

ウ~ン!と、椅子に沈み混むことも。

で、

一時心を整えた振りをして、

院長室のドアを開けて、

何事もなかった様に、

スタッフと接しています。

治療で上手くいかない症例もあります。

それを患者さんの体質のためとは、言いたくありません。

私の見立て違いであったと、

私は患者さんに対して正直に現状をお伝えしています。

その様な局面に於いては、

医者のプライド等と云うものは塵でしかありません。

私の診療所は、

私が診療所の顔ですから、

決してドン・キホーテにならないようにと、

決してピエロにはならないようにと、

でも、

孤独感だけ判ってきたような気がします。