今しがた手術が終わりました。
上顎洞底挙上手術と3本のインプラントの埋入に加えて、
口腔前庭拡張手術を併用した手術です。
手術時間は1時間30分ほど。
集中しました。
今はレントゲンの現像待ちです。
手術の際に、
先ほどの営業マンの男性が、
忘れ物に気が付いたのでしょう。
慌てて、
忘れ物を取りに来られているのが、
手術室内のモニターから、
チラリと見えました。
頑張れ!営業さん。
地道な積み重ねが、
いつか貴方の血肉になるでしょうから。
今しがた手術が終わりました。
上顎洞底挙上手術と3本のインプラントの埋入に加えて、
口腔前庭拡張手術を併用した手術です。
手術時間は1時間30分ほど。
集中しました。
今はレントゲンの現像待ちです。
手術の際に、
先ほどの営業マンの男性が、
忘れ物に気が付いたのでしょう。
慌てて、
忘れ物を取りに来られているのが、
手術室内のモニターから、
チラリと見えました。
頑張れ!営業さん。
地道な積み重ねが、
いつか貴方の血肉になるでしょうから。
正午前の30分ほど、
東京から広告代理店の方が会いたいと云うので、
断っても生意気な奴だと思われては面倒だと、
時間を空けていました。
その類いの話しは多いので、
何処のどなたであるのかスッカリ忘れていました。
で、
時刻ピッタリにお越しなられた30代前半に観えるイケメン風営業マン。
院長室から営業マンの待つ診療室へと向かった際に、
玄関土間の靴を観て、
?????
診療室前にて一言。
「 あなたもヒトカドの営業ならお靴をお直しなさって」
「 うちのスタッフは営業の方の下足番ではありません」
その男性、すっ飛んで玄関へ向かったのです。
それから出直しのご挨拶。
名刺交換のあと、
「 で、何の会社?」
会社概要を前に説明が始まって、
某大手美容外科などのブランディングを行っておられるとの事。
実際の病院名も仰って居られました。
「で、うちにどんなブランディングを?」
と、問うと、
それはですね!
延々と説明された内容は、
インターネットのヤフー頁の知恵なんとかと云う処に、
ここのスタッフが私の診療所の評判を良いように書いて下さるんだとか。
「 それってヤラセですよね」
「 それはダメだよ」
もっとマトモな話しを望むと、
自らのマウスを忘れ物して、
帰ってしまいました。
インターネットのクチコミってこんなんが実態なのだと。
馬鹿な話しばかりですと、
本当の馬鹿になりそうで、
この辺りで真面目な話しを1つ。
私の総入れ歯は評判が良いので嬉しい治療の1つです。
総入れ歯にもメンテナンスが必要なのですよ!
新調した先から、
痛くない!
外れない!
よく噛める!
ってな事で評価もまずまずなんですが、
年に1度や2度はお越し頂きたいとお願いしています。
噛めるから、
皆さん、よくお使いになられます。
で、
人工歯の噛む面が摩り減るんです。
お越し頂く度に、
入れ歯の噛み合わせをチョコッとさして頂くんですが、
ある時期に、
ここだ!!!
って云うベストの形に遭遇するんです。
新調してから5年から8年位の間ででょうかね。
その時に、
ほんの数日、入れ歯を預からせて頂いて、
噛む面だけを金属に入れ換えるんです。
これで本当の意味で一生モンになりますね!
先日、大学生の息子と鮨屋のカウンターに腰掛けていました。
どこか良い店がないかねぇ?
と、独り言の多くなった私に息子が問います。
父ちゃんの云う良い店ってどんなん?
盃を手に、
そうだなぁ?
チョッとした小路のなかの小さな店でな!
縄暖簾をくぐって引き戸をチョッと引いて、
中の様子を眺めたら、
もう10人も入ればいっぱいって程度のカウンターだけの店で、
そこに割烹着を着た女将がコッチを振り向いて
「 あら、先生、いらっしゃいませ 」
で、
腰をおろしたら、
熱つーいギュッと搾ったオシボリが出てな、
「 こんなモノしかありませんが、お口にお合いになりますかしら」
ってな感じで小鉢がサッと。
「 先生、先ずはお1つどうぞ 」
父ちゃんは普段は手酌だがな、
この女将が【はぐれ刑事純情派】に出てくる
真屋あずさみたいなイイ女だったら、
注いで貰うわな!
なっ、コレが良い店じゃ!
息子ですか?
真屋あずさは居らんだろね、
まぁ、良いとこ【あき竹城】でしょ!
爆笑あるいはアザケ笑いの息子でした。
私も同感です。
だから私は外食しないのです。
鮨屋の帰りに、
通りの喫茶の灯りから中の様子がボンヤリと見えました。
「 晋太郎、チョコッと入ってみるべ?」
良い店って在るものだねぇ!
と、大いに満足し、
水だし珈琲の準備をする女給を眺めてつくづく感心する父親に、
「 父ちゃんの勘働きって凄いね!」
新潟の住まいを引き払ったので、
大学出勤時の宿を探そうと、
インターネットで検索していました。
新潟市のホテルなどは、ほぼ熟知しているのですが、
こうして改めてホテルのホームページを観てみると、
今までで在れば、
我が街であった新潟が、
なんとなく余所の街になった様な気がして、
少々淋しい気持ちになりました。
私の好きな萬代橋、
橋のたもとの信濃川沿いのやすらぎ堤をそぞろ歩き、
柾谷小路から本町市場を抜けて、
人形横丁を過ぎ、
古町から西堀通り、
そして異人館通りの坂の小径をゆっくりと登り、
振り返って木立の間から見える新潟市の旧市街の趣は、
これも私の好きな神戸と似た匂いを感じます。
新潟市には大地と風の香り、
神戸には青春期の匂いのようなモノを感じます。
今回は私の特別講演が終わるととんぼ返りで上京しなければなりません。
前日の日曜日に、
ゆっくりと街を再び味わいたいと楽しみにしています。
最近、関西圏での行動が多くなりました。
アジアからの旅行者の影響でしょうか?
宿がとれないこともあるのです。
また、費用も高騰し、
ホテルの雰囲気も中国の方々が多くなったので、
足が遠退くようになったのです。
大阪はリッツ・カールトンが贔屓でしたが、
いつもは車寄せにて窓を開けると、
「三枝先生、お待ちしておりました。お車は玄関前にお止めさせて頂きますので」
ドアマンも、
「三枝先生、お帰りなさい」
フロントでも然り。
「お帰りなさい三枝先生、お部屋はいつものコーナーのを」
それがある時から、
車はワザワザ地下駐車場へと自分で移動と云うシステム?に代わり、
初対面のような決まりごとの流れ作業にてチェックイン業務を
私は立ったままで眺めています。
後方がなにやら騒がしいので振り返って観れば、
仰け反りました。
ロビーのど真ん中に鎮座した大きな花立の丸テーブルの上に、
花瓶の脇にテーブルをまな板代わりに果物をナイフで切り分けて
大勢で食べる中国からの観光客たち。
私がこのホテルから遠ざかって随分と経ちます。
といって良いホテルがありません。
そんなこんなで、神戸にも大阪にも近くて便利な芦屋に住まいを
手当てしたのです。
現状は多忙にて好きな散策は出来ていません。
今度は夙川辺りを小探検しようと思っています。
趣ある街って良いですね。
私は携帯電話を近いうちに解約しようと思っています。
仕事関係の連絡であれば、
診療所へお電話頂けたら良い訳ですから。
携帯電話とは別に大きめの薄いタブレットも所有しています。
コレはブログを認めるためと、
仕事関係者と大学の学生さんや
卒業生たちからのメールのヤリトリ のために。
ラインはごく少数の友人との連絡の手段の1つ。
これだけで十分になりました。
携帯電話に縛られているようで、
コレはカミングアウトしようと考えています。
この還暦を控えた5年の過ごし方が勝負だと考えています。
診療以外の面倒からすべて距離を置き、
充電期間を設けようと考えています。
多忙な日々はどうする事も出来ません。
自分だけの時間を無理やり作らねばならないと、
それが携帯電話の解約から始めように。
今は深夜の1時半を少し過ぎた頃です。
今週は毎日、手術が続きます。
昨日は夕刻に骨幅増大手術に向かい合っていました。
明日も明後日もそのまた先も手術ですから体力と気力の補充のために、
床には9時には就きました。
が、
睡眠薬の効果が切れたせいでしょうか?
目が覚めたら瞬時に、
今日午後の手術の術野所見が鮮明に脳裏に浮かんできました。
で、
何度も何度も、
診療の合間でレントゲンを前に手術の段取りをイメージトレーニングした
またその反復を床に座って繰り返す自分が居ます。
夜中に何を?と、
お思いになられるでしょう。
でも、
私はそういう性格なんです。
キチンと傷を縫合し終わるまで、
頭の中の脳髄がピリピリしてるんだと。
それで終わりではありません。
手術の夜、翌日、抜糸の予定である1週間後まで、
現実に行った手術のステップステップについて、
頭の中で再現して、
確実だったか?
落ち度はなかったか?
もっと良い方法がなかったか?
頭の中にズット留まっています。
手術ラッシュの時は、
コレがどんどん蓄積する訳です。
もう54歳にもなりましたから、
医者としては1番油ののった時期なんでしょう。
こういう事はストレスには全くなりません。
が、
悲しい性だとは思いますね。
深夜ですから静まりかえっています。
遠くの通りのバイクの轟音が時たま聴こえる程度です。
いつからでしょうか?
私は休日には雑踏から脚を背ける様になりました。
家に閉じ籠り、
アメリカの連続テレビドラマや時代劇を
犬たちを側に侍らせ観る、
あるいは、
これからは陽気になるでしょう。ガレージで車の下に潜っての
トンカチに夢中になって日が沈むと云う過ごし様になるのでしょう。
無論、殿様の側に侍る小姓の様に犬たちも、
作業する私の横で居眠り三昧と云った処です。
診療所では誠心誠意、患者さんから注意を逸らしません。
会話もいっぱいします。
でもそれは楽しむ雑談ではありません。
患者さんにはリラックスして頂く配慮に気を配ります。
が、
私にしてみれば、
患者さんが心を開いて下さるようにと願っての、
計算されたプロフェッショナルの仕事の一環でもあります。
家路に就く車の中では、
少々逆上せていると言って良いでしょう。
だから毎日早く床に入るんです。
明日に備えるためです。
また元来、朝型なものですから、
文献などは、
世間の人がまだ眠りの最中の頃、
読み耽っているのです。
今2時になった様です。
1つ短編に目を通して、
今日は2度眠しようかなと。
友人、家族が居ようとも、
人は1人です。
最近つとに、
そう感じる様になりました。
私も次の段階へと進んでいるようです。
ある事にて、
思わず患者さんを叱りました。
そんな私は、
今の時代にはあり得ない【トンでもない医者】と、
酷評されるに違いありません。
最近の私は歳老いたせいもあるかもしれません。
また、自己努力の成果かもしれません。
努めて冷静を装っています。
この間、息子からも
「父ちゃんは変わったなぁ」
と。
私にすれば、
お前の苦労で、そうなったんや!ってな処ですが。
医者たる者の理想像を演じる事は、
患者さんにとっての、とても大切な鎮静法になると思います。
その私が、
プツンとキレたのです。
患者さんですか?
泣いて居られました。
私は医療サービスマンではありません。
ホスピタリティとサービスの区別もつかない
育ちの悪い家庭で育った訳ではありません。
私は患者さんが大切です。
本当に大切で堪りません。
命をかけて歯を手当てしています。
冷静沈着な思考回路と判断力での治療と、
熱き心で、
患者さんに代わって、
病気にブツカル仕置き人で在りたいと思ってきました。
私のよく口にする台詞、
【情熱の歯医者】で在り続けることが、
若い歯科医師たちや、
歯科医療不信患者さんへの、
私の役割だと思っています。
叱った後ですか?
私は阿呆ですから、
水に流したモノは直ぐに忘れてしまいます。
判って頂けたら、はい、この話しは終わり!
それでお仕舞いです。
私は歯のプロフェッショナルです。
未だ勉学の最中の学徒ですが、
それでも私は歯のプロフェッショナルです。
患者さんに対する大きな責任を背負っています。
何でもかんでも、
はい、はい、
とは、
私は言えない不器用な人間です。
時代遅れな人間かもしれません。
が、
東大寺の棟梁の手にかかった建築物は、
悠久の時を越えて、
近代建築に凌駕される事はありません。
私はそういう歯の大工になりたいと
ズッと志して来ましたから。
今日、娘の小学校の卒業式です。
が、
私は出席しないことにしました。
随分と前に、
息子の式に出席した際に、
もう次からは止めようと思ったのです。
遥か昔の自分の卒業式にて、
泣いてる親子が居ました。
馬鹿じゃないか?
と、永遠の別れでもあるまいし。
卒業式での涙の意味を
私には理解できなかったのです。
が、
息子が壇上にて頭を深くさげて、
大きく両の手を広げて証書を手にする姿に、
息子との過ぎ去った思い出の数々が脳裏に浮かび、
ついに私は、
目頭が熱くなってしまったのです。
目から浸出した水分が、
頬を伝わるほどまでの量に至ってはならない!
両脇のご父兄に悟られてはならない!
必死の想いと、
狼狽した心と、
温かな心持ちで、
頭の中が混乱した記憶が今、甦っています。
しかしながら月日の経つのは速いモノですね。
黄色いカバーで被われた赤いランドセルに
押し潰されているとしか観えなかった娘が、
既に凛々しいお姉さんの顔に変わったのに
気づいています。
私だけが、
何ら進歩していないな!と。
こんな私ですが、
若い歯科医師の先生方から、
「先生みたいになりたい」
と、しばしば聞かされます。
お止めなさいと心底から、
ただし言葉には決して出しませんが。
私は名医ではありません。
人格者なんか、ほど遠い人間です。
やせ我慢の結晶が私です。
ある時から、
本当の自分の姿を視せないように努めています。
人の大切な身体を手当てするに相応しい振る舞いを
自分なりに工夫しながら、
試行錯誤して過ごしています。
温かい心で相手を包むと云う、
私には相当にヨイショの要る努力も試みてきました。
安定感ある存在だと勘違いされる所作も
努力して実践しています。
どうして?
それが私の仕事には絶対に必要だと
気づいたからです。
こんな私でさえも、
ひとかどの歯科医師として暮らせています。
患者さんに対して感謝の気持ちでいっぱいです。