日別アーカイブ: 2017年8月10日

仕事

私の帽子姿を観た患者さんから

大いに褒められて、

相手は社交辞令なのでしょうが、

私は大いに自信を取り戻したのです。

通りのショッピング街のガラスに映る姿を

周囲に気づかれないように、

チラチラと眺めて、

そんな単純な処から、

いつまで経っても大人になれていないと

批判を受けるのです。

歯科医師と云う仕事、

子ども心を失っては到底できないのだ!

私は自己弁護しています。

どうして?

どうして?

考へ、

工夫し続けるのが、

歯科医師の本来の姿だと思います。

変わり者でないと、

歯科医師の仕事を全うできないと

そう今では開き直りました。

私の人生は歯科そのものでした。

これからも、そうでしょうか。

少年期に読んだ

トム・ソーヤやロビンソンクルーソーの物語に

心を高揚させ、

夢いっぱいに空想に耽った心模様が、

大人の私を歯科がドップリと魅了してくれたのです。

食べる手段が仕事だとは思いません。

といって、

ワーカホリックの狂気の沙汰の狭い了見の人で居たくはありません。

ただ、

道のない処を

自分で道を造って

一歩、一歩と、

大地を踏み込んで、

それが私の仕事です。

当時のままの

先のブログで触れた祖母の命日が今日であったので、

昨日の叔母へのお供えに続いて、

今日も祖母が生前好物であったモノをと考えています。

が、

祖母の好物が思い出せません。

祖父の口を借りれば、

お前は【猫また】じゃ!

と、しばしば耳にしたものでした。

【猫また】?

コレは祖父の弁です。

猫でもまたいで、

食べないほどに不味い食べ物でも、

お前は何でも食べる、

そういう意味なのだそうな。

ですから、

好物ってモノを思い浮かばないのです。

思いだすのは、

先ほどのようなイタズラの的が祖母であったこと。

懐が淋しくなった際には、

おだてれば、

気前よく財布を全開にする単純な私にとってのATMであったこと。

と、

今の人は皆目わからないでしょうが、

【杉野!杉野!杉野はいずこ?】

で有名な広瀬中隊長を称える軍歌などの歌詞と節回しが

自然と口から出るのも、

乃木大将や東郷元帥の

聞くも心が高揚する明治の大戦の模様を

あたかも実際の眼で

観たかのように語る祖母の影響であることは間違いありません。

幼児期の体験は、

自覚なくとも、

身体に染み込んでいる証だと思います。

それが実感できますので、

私は子育てにおいて、

今風には抵抗が在るのかもしれません。

お位牌を前に、

生前の名とは異なる戒名を観ては、

当時と今との境目が判らなくなるのです。

時間の流れを感じないのです。

今でも私は当時のままの悪戯坊主の積もりですし、

祖母も今は無き家の玄関戸を開けると、

台所から顔を出して声をかけられる気がしてなりません。

こういう心情になるのも、

お盆が近く、

墓参りとお仏壇のすす払いを

待ってくれているからでしょうか?

 

 

 

夏の夜は

夏休みを過ごす小学生の娘の所作を眺めながら、

男女の差は在れども、

今時の子どもの大人しいことに

私は心配になります。

其の辺りが

他所さまの親御さんと私が

大きく違う処であることも自覚しています。

夏の夜には、

アチコチの鎮守の森はお祭りで賑わい、

夕食のあと、

皆から小遣いを貰って、

ポケットを手でシッカリと押さえて、

サンダルを履きながら玄関戸を飛び出して、

お参りもソコソコに、

電灯輝く夜店を徘徊する私は

なんとも言えない幸福な心持ちでありました。

で、

翌日。

小遣いはシッカリと取りあげつつ、

日頃から口喧しい婆やを

ここは一つ懲らしめてやろうと、

購入資金源が婆やであることはスッキリと忘れて、

ゴム製の大きな蛇を振り回す私がいました。

離れのトイレ、

昔は水洗ではありませんよ。

所謂ポットン便所です。

穴の開いた床の脇に、

用を済ませた後に使う紙が

小箱の中に重ねてしまっているのが常でした。

箱には取っ手のついた蓋があり、

これが昭和中期の日本の家でした。

私は必殺大蛇を

この箱に忍ばせたのです。

もう心はウキウキ、ワクワク気分です。

渡り廊下の向こう側の座敷の障子越しに

さぁさぁ早く、婆やよ!

其の際の自分の顔を覚えています。

結末ですか?

そりゃ大変なことになったのは云うまでもありません。

婆やは蛇が一番苦手であったのを

幼い私はシッカリと知っていたのです。

大勢の大人が、

糞まみれとなった婆やを救助し、

で、

私は翌朝まで蔵に閉じ込められた結末です。

それでも、

蔵の中で、

大いなる空想に耽っていたのです。

其処から生まれた【ネズミの忠太郎】という作品が、

大人になって、

一人前に子を持ち、

寝物語にて

子どもたちのワクワク気分を満たすことになりました。

今の子どもに、

当時の私の度胸はないでしょう。

夏の夜になると、

そんな昔を思いだすのです。