日別アーカイブ: 2017年9月4日

ミサで歌う

私は生涯に1度も

カラオケ屋さんへ入ったことはありません。

それは音痴だからです。

若い時分には苦労しました。

先輩、上司からの指名から逃れ、

あるいは、

会合での雰囲気などを決して壊さぬように、

決して自分の喉を披露するまい!

逃げて、

逃げて、

逃げきる苦労で必死でした

ただ、

唯一稀なる機会は、

気分が大いに満足感に満ちた際、

独りで湯船に浸かっての

浪花節と都々逸、演歌のみ。

そんな私が、

ミサの際には、

大いに気分も調子良く、

読めない楽譜を開いて、

歌詞だけ目で追いつつ、

耳だけを頼りに、

声高らかに。

特に、

天のいと高き処に神の栄光、

で始まる栄光の讃歌と云う名の聖歌が

私は好きで、

大いに気分が満たされるのです。

小学時代の音楽の歌唱のテストの際に、

歌の出だしで、

三枝、もうよい!

オルガンを弾く教師からの評価が

私の歌う事への恐怖の引き金になりました。

ですから、

大勢の方と一緒に歌う自分が

可笑しくてなりません。

 

 

造ると創るを

昨日のミサは、

私にとってはとても良いミサでした。

朝刊がポストに入れられた音とともに、

玄関戸を開け、

で、

朝刊を開きつつ捲り、

眠気が一瞬で消え去ったのです。

【荷風 晩年苦心の跡】

とタイトル付けされた記事と、

氏の遺した大学ノートが2冊、

都内の古書店にて見つかったとの記事です。

私の高校時代は氏の著作と共に在りました。

今でも思い出したように、

氏の著作を開きます。

美しい文章に触れたい気持ちが

沸き起こった際にです。

私にとっての永井荷風氏は

文章を巧みに操る文使いの名人です。

また、

心模様の味深い、

情緒と彩の天才だと、

嗜好や時々の感情を越えた処にある

【優れ人】としての憧れの人でも在りました。

このノートは、

私の仕事における苦悩の軌跡とも

重なって見えたのです。

私の仕事は結果勝負です。

寸分のミスも許されません。

ですから、

考えて、

考えて、

悩みに悩んで、

診断なり治療計画をたて、

治療においても、

正確仕事に徹するために、

自分を全部、

指先に封じ込んで、

手当てしています。

私の仕事の域は到底に

氏の著作に及びません。

しかし、

造ると創るを一体化させる際には

苦しむものだと、

半ば安心したのです。