月別アーカイブ: 2017年4月

紳士のたしなみ

少年時代はプロ野球全盛の時代でした。

王、長島両選手の時代であった頃です。

【読売巨人軍は紳士であれ】

と云う言葉が妙に少年心を熱くしたものでした。

青年期は白州次郎氏に憧れました。

氏も紳士の代表格と言えるでしょう。

無頼漢、変屈者の代表格と評する人も居られますが、

私にとっては、

白州次郎氏は決して届かない見本のような人です。

【みんなと一緒】と云う生き方は到底、

私には出来ません。

八木重吉氏と云う詩人が居られました。

 

いきどおりながらも

うつくしいわたしであろうよ

なきながら  なきながら

うつくしいわたしであろうよ

 

うつくしいわたしって何だろう?

心に笑顔のある人かも。

責任ある行いを実行する人。

そういう人を紳士だと思うのです。

歯科医師

歯科治療について一般の方は、

こ難しくお考えになられたことはないでしょう。

私は歯科医師ですから一般の方よりも、

当然、歯科治療には其なりの知識と技術を持っています。

18歳で、この道に入り、

もうすぐ40年になろうかと思います。

で、

つくづく感じますのは、

歯科医師と云う仕事は、

手先の器用不器用が本音の処では決め手になるのですが、

もっと重要であるのは、

全身全霊に命をかける事だと云うことです。

たかが歯の治療とお考えかもしれませんが、

歯科医師は命をかけて器具を手にしているのだと、

少なくとも私はそうして来ました。

くじけないで、あきらめない

先の新潟行きの際に、

世界を市場とするトアル大企業の御曹司が

鞄持ちとして同行したのです。

お母上からのご依頼でもあり、

私も此の若者に好感を抱いたからです。

若者との時間は誠に清々しく、

此方の方が逆に学ぶ処が大いに在ったのも事実です。

大企業を将来、引っ張ってゆく跡継ぎの苦悩は

並大抵のものではありません。

しがない市井の歯科開業医でしかない私に、

何故、

彼のお母上がご子息の子守り役としてお選びになられたのかは

皆目、判りません。

私も50の半ばです。

もう人生の階段の踊り場を越しています。

残りの人生は人のお役にたつようにと

そんな風に思っています。

他人目からすれば好き放題の生き方に観えるかもしれません。

しかし、

好き放題を貫くには、

大変なエネルギーを要することを

私は経験的に知っています。

横槍もしばしば入ります。

横槍どころか邪魔など日常茶飯事です。

言われなき誹謗も受けます。

何度、折れそうになったか判りません。

そんな時に、

樹木の年輪を思い出すのです。

過酷なストレスがかかった時に、

樹木は大きく成長します。

年輪を眺め、

逆境の際に、

あぁ、成長のために必要な時期なのだと。

樹木は自ら倒れることはありません。

ならば、

私は意思を持つ人間です。

ただただ頑張って、踏ん張って、

くじけない、あきらめない、

黙々と継続することが、

花咲かせる源であると。

 

歯科治療は愛の仕事

20年ほど前の出来事です。

ある患者さんの噛み合わせの治療を

必死で行いました。

ある時、

歯科治療をしたお陰で肩が動かなくなったと言われました。

ショックを受けた私は、

それこそ【ありとあらゆる】流派の治療を試みました。

が、

結果は改善の余地はありませんでした。

物凄い挫折感に苦しみました。

自信もなにもかも木っ端微塵になりました。

真面目に歯科医学に取り組んでいた自負は在りましたが、

修羅場をくぐり抜けて来たベテラン医師ではありません。

それを自覚しているが故に、

もっと、もっと勉強しなければと思いました。

しかし、

その患者さんの苦しみが、

私の為した治療が原因であれば、

大変、申し訳ないことをしたと、

誠意を尽くして治療することと、

結果のあまりにも大きな差に、

もがくほどに自分を責めました。

ある時、

医師損害賠償保険の会社の方から連絡を頂きました。

その患者さんの件です。

てっきり私は、

私の為した治療の事だと思って受話器を取りました。

先生、○○さんって方が治療に来られていますか?

で、

○○さんは目が見えていますか?

?????

何のコッチャ?

と、戸惑う私。

お聞きすれば、

その方は某眼科へと受診され、

そこで、

お前の治療で目が見えなくなったと、

眼科の診察の忙しい時間帯に現れ、

待合室にて大騒ぎするのだそうです。

その方は確かに目は見えています。

何故なら、

私の診療所の待合室にて、

持参のゴルフ雑誌を毎回、読んでいますもの。

で、

今度は逆に私がお伺いをたてました。

実はかくかくしかじか、こういうことが。

保険会社の方が仰け反って仰られたのです。

○○さんは、毎日ゴルフに行っています。

練習場ではないですよ。

ラウンドしてますよ。

そうですか、よく判りました、と。

私ですか?

呆気にとられました。

身体中の力が抜けました。

と、同時に、

何だったんだと。

それこそ叡智の限りを尽くして対応していましたから。

その時は、

仕事が一時、嫌になりました。

○○さんですか?

その時から姿は顕さなくなりました。

何故、その話題を持ち出したのか?

この前、

○○さんはが偽名を使って、

予約をとり診察に来られました。

予約を頂いた方を診療室へとご案内しようと、

待合室のドアを開けて、

私は固まってしまったのです。

○○さんはニヤニヤして、

こう仰られました。

ヤッパリ歯医者は先生じゃあないと。

―――――――――

咄嗟に言葉が見つかりません。

私は当時の事がキッカケとなり、

寝ても覚めても歯と云う生活を送っています。

勉強不足はプロの怠慢だと。

一生懸命、勉強もし、

一生懸命、丁寧に治療しています。

人を好きにならないとできない仕事が医療です。

でも、

当時は人が恐くなりました。

内村鑑三の【歯科治療は愛の仕事である】

と云う言葉を診察台の脇に掲げたのも、

この当時からです。

医療人とは?

を、常に自問自答して過ごして来ました。

宗教の書物も読むようになりました。

広い心を持ちたいからです。

が、

反して私の口から出た台詞は、

お引き取りください、でした。

ある時、

似たような機会も在りました。

私の何かがお気に召しませんでしたのでしょう?

ある時から突然にお越しにならなくなった患者さんが、

10年も経って、

お電話をかけて下さいました。

で、

ヤッパリ歯医者は先生じゃあないと。

同じ台詞であるのが不思議です。

その時の私は、

さぞお電話しにくかったでしょう?

思いだして下さりありがとうございます。

で、どうなさったの?

では、拝見しましょう?

後からお話しを頂くと、

私が仮の入れ歯をお造りしたのですが、

さっさと本歯を完成させないのが、

お気に召しません原因のようでした。

次の歯科医院にてさっさと造った入れ歯は使い物にならず、

ずっと私の造った仮の入れ歯をお使いだった様子。

治るのを待って、

次の手順に進む。

これが治療の原則ですから。

今でも、

この患者さんは、

申し訳ない、申し訳ないと、

此方はもう良いのに。

でも今回は、

私は飲み込めませんでした。

そういう私は自分が嫌いになります。

でも、

今は出来ません。

消化できる時が来るのでしょうか?

 

信念

今日から診察を再開しています。

診療所のドアを開けると、

心が引き締まる想いです。

【生涯に渡って快適な食生活を営めるように】

これが私の仕事です。

それは信念になっています。

揺るぎありません。

信念を完全に身体の細胞の一部にした人間は強いですよ。

余裕

雑踏のなかの茶店の軒下に腰掛けて、

渋茶を啜りつつ、

つい此の間の出来事を思いだしていました。

新潟滞在の序でに、

請われて、

若い歯科医師の診療所へと。

真面目な先生であることが一目瞭然であるのが

可笑しかったのです。

多くの問を頂き、

私なりのアドバイスを与えた積もりでしたが、

胸のつかえが取れない心持ちに。

何故か、

全く関係ない今、

その訳が判ったのです。

それは【余裕】です。

役者でも、

年がら年中、一日中、

舞台やスタジオに籠っていても

芸の肥やしにはなりません。

芸の肥やしどころか、

気が狂ってしまうでしょう。

役者にとってカメラがまわる間が演技処です。

それ以外の時間の使い方で、

その役者の延び代ってモノが変わってくるのだと思います。

若い先生の診療所を観て、

同じ苦心を味わった者として、

気がつく、

察知できる処が沢山在りました。

【夢】を抱きつつ仕事をすることが大切です。

【夢】を描くには【目標】を具体的に持つことです。

その実現のために、

【工夫】を加えてこそ、

自分流が出来てくるのだと思います。

冷静でなければなりません。

そのためには【余裕】を忘れてはなりません。

 

匂い

比叡山の滋賀越え道を抜けて、

向こう側の京都に寄り道しようと。

不思議なもので、

この山の向こうと東で、

食べ物の味から、

人の匂いまで、

何から何まで違うような気がします。

山の小径を下りながら旧い街並みが視界に入った瞬間、

ホッとするのは、

私が東人には決してなれない訳が、

此処に在るのかもしれません。

で、

瀬戸内の碧さと潮の匂いに、

ホッと落ち着くのは、

もう私は讃岐の人間なのだと思います。

LAZY DAZE

明日から診療ですから、

今日のうちには高松市へと帰っていなければと。

が、

以前のように、

目的地から目的地へと云う猪突猛進しなくなりました。

途中に寄り道したり、

フラリ、ブラリと云う具合です。

こういうのを【LAZY DAZE】と云うのだそうです。

恩師である山口先生に教えて頂きました。

私の生涯は歯一色であることは間違いありません。

その隙間に、

チョッとした余裕も

はさんでいたいと思います。

空の青さや風の音に感じる心を

いつまでも持っていたいからです。

ネクタイ

息子が小学6年の頃、

父の日に贈られたネクタイを、

今の今まで、

院長室の観音さまの横に

大切に置いていました。

昨日の講義の際に、

初めて使わせて貰いました。

治療においてもそうですが、

何事をするにも、

これが【し始め】であり【し終わり】になるかもしれない。

全力で取り組むと云う

本当は当たり前のことなのでしょうが、

遅ればせながら、

50歳近くになってから、

気づいたのです。

息子からのネクタイ。

想う処あり、

私は手にしたのでした。

まだまだ子供

柄に似合いませんが、

マザー・テレサの著作を読んでいました。

マザー・テレサは、炊き出しするシスターたちに

必ず3つの事を実行するように諭しておられたそうです。

パンとスープボウルを渡す時には、

相手の目をみて、

微笑むこと。

手に触れて、

温もりを伝えること。

短い言葉がけをすること。

それは、

ロボットにはできない、

人間の、

他の人間に対する愛と祈りの表現だと、

ありました。

近年は画一化が重用され、

品質管理と同様に、

何から何まで一様であることを

求められる、

と云うよりも、

目立たないこと、

無難なこと、

を善しとする空気を感じています。

人とロボットとの違いが何なのか?

それに気づいたのも、

私の場合は【歯科治療と云う仕事】からでした。

報われないと云う不謹慎な気持ちになる時もあります。

でも、

私が自ら強く切望し選んだ仕事ですのに。

上手くいってる時にこそ、

大きな落とし穴が在ることを

いくら私が阿呆でも、

それは人生から経験済みです。

ですから、

自己反省のセンサーとして、

歴史、評論、私小説を好んで選んでしまうのです。

で、

ちょっとでもジャンプ!

50過ぎても、

まだまだ子供ですから。