月別アーカイブ: 2019年6月

好きな仕事

明日から新潟です。

木曜日の午後いっぱいまで、

日本歯科大学新潟病院での診療が入っています。

最終の上越新幹線にて東京で1泊し、

翌朝の1番のフライトにて、

帰郷すれば、

高松での朝の診療開始に間に合います。

という訳で、

今日は日曜日ですが、

診療しています。

今日は、

特に特に極細の根管を手当てすることにしました。

ラバーダム防湿下で、

マイクロスコープを使って、

ジックリと、

根管を探そうと思っています。

結局のところ、

私は歯科治療が・好きナンです。

本当の私

先生は、いつも元気ハツラツですねっ。

先生は、ど心臓ですねっ!

先生の心臓には・毛が生えてるんじゃぁ・ないですか?

患者さんや、

大学の医員たちから、

いつも言われるンです。

でも、

そんな訳ないでしょっ。

人は・死に向かって、

ただただ、時を過ごしています。

その時を待っている訳です。

そういう運命の中で、

偶然にも私は歯科医師という仕事に就きました。

この【縁】を大切に、

私は丁寧に【生きる】積もりです。

で、

どうせ【生きる】ならば、

元気ハツラツで・いようじゃない。

見せかけだけでもm

元気ハツラツで。

でも、

本当の私は、

淋しがり屋の甘ったれ。

気も小さいンです。

ですから、

この大きな差に、

私も辛いンですよ。

どちらも、

本当の私です。

 

 

私の行うトラディショナル・レストレーションのルーツ

コレは何だか・お判りになりますか?

メタル・ボンド・クラウン修復の

セラミックを盛り上げる前の状態です。

コレを、

メタル・フレームと言います。

上の歯の全部を修復します。

このような・大がかりの修復治療の際には、

私はメタル・ボンド・クラウン修復が好きです。

その後の手順は・後ほどご覧になって頂くとして、

この治療のあと、

思いだしたように、

ある方に電話したのです。

群馬県の浅見裕先生です。

御年87歳。

日本歯科大学の大先輩です。

私は浅見裕先生を尊敬しています。

初めてお会いしたのは、

私が18の歳です。

同級生である浅見友市朗君のお父上です。

浅見君の親父が来るって云うンで、

晩飯を・たかりに行ったのが、

本当の話しです。

浅見先生は歯科補綴学の大家です。

晩飯のテーブルを囲んで、

次々と先生の口から出る

歯科医学の話題に魅了された時のことを

今でも時々・思い出すのです。

このような歯科医師も居るンだと、

筋金入りの歯医者ってモノを、

知った時の衝撃が、

その後の私の人生を大きく変えたことは間違いありません。

先生は既に引退されています。

でも、

今日の話題も・部分入れ歯でした。

電話を切る前に先生は仰いました。

三枝君、

ズッと歯医者やれよっ!

生きてる限り・歯医者やれよっ!

グッと胸が詰まりました。

で、

浅見先生、

淋しい時は、電話くださいよ!

先生の歯科医学は、

血こそ繋がっていませんが、

私の中に流れていますから。

私は判るンです。

歯の職人だからこその・苦しみが。

孤独な仕事です。

患者さんとは楽しく会話しています。

でも、

その時の私は、

本当の私では・ないのです。

医療人たる者の絶対的安定感を保った

役者なのです。

診療室から一歩出たら、

淋しい気持ちが頸をもたげるのです。

背負った責任の重さ故と、

特殊な治療を行うことを自分で決めたことに対するケジメと、

特殊ゆえに、

同業の歯科医師からも奇異な目で視られます。

また、

治療に関する相談相手も、

ごくごく限られてくるのです。

答えは・自分自身で出さねばなりません。

そういった・些細なアヤは、

私には判るンです。

何故なら・浅見裕先生は、

本当の歯医者だからです。

先生の御子息である私の同級生の友市朗君も、

臨床の場からは離れて、

群馬県の医療系大学の解剖学の教授として

御活躍されています。

浅見裕先生も、さぞや喜んでおられることでしょう。

先生には、いつまで長生きして頂きたいと願っています。

浅見裕先生先生から大きく影響を受けた

トラディショナル・レストレーションの語り部である者として

私は歯科治療を続いてゆくでしょう。

 

 

日本歯科大学新潟病院・臨床教授として感じること

来週は新潟です。

火曜日の昼休み、

バトミントン部の学生みんなを召集して、

全員の顔と名前を覚えようと思っています。

水曜日の夕方は、

総合診療科の菅原准教授が剣道部に顔を出して

学生たちを一丁・揉んでやるって言うので、

ほぉ・それならば私もと。

胴着を着て、

防具を身につける、

竹刀を手にするのは、

40年ぶりですから、

菅原准教授には、

お手柔らかにと。

先生、本当にお越しにナるんですか?

私は学生一人一人と、

丁寧に接したいと思っています。

コチラから、

機会をつくって学生に歩み寄ることが、

教官の務めだと思っています。

講義や実習以外の、

他の時間が、

学生の心を理解する手立てになると思っています。

青春時代を日本歯科大学新潟キャンパスで送る

学生たちの心に残る教官であることが、

私に与えられた大学からの使命だと思うからです。

若い世代って、

なかなか良いですよ!

国家試験に向かっての猛勉強に励む6学年生たち。

昨年の病院実習の際の彼らの表情を鮮明に覚えています。

講義で缶詰状態の6年生ですから、

私のスケジュール等の都合で、

なかなか顔を合わせる機会はありません。

それでも、

時々、

学食前で、

先生っ!

って、

声をかけられると、

おう!

とにかく頑張れ!

背中を叩いてエールを送るのです。

見事・国家試験に合格されても、

現制度では、

1年間の臨床研修医制度を通過しなければ、

社会にも出られませんし、

大学院への進学もできません。

少しでも多くの学生諸君が、

母校の新潟キャンパスで臨床研修医教育を受けられ、

続いて、

大学院へ進学し、

歯科医学の原理・原則を、

先ずは身につけて、

歯科医師も学者であることの、

自覚に目覚めて欲しいと願っています。

国家試験合格から5年間の過ごし方で、

その歯科医師の将来は決まると断言します。

足腰を地面にシッカリと身につけてから、

最新の歯科治療に挑んで欲しいのです。

母校の学生は、私の子どもです。

良き先導役になることが、

私が・ぶれないことの大きな理由であろうかと思っています。

ご父兄には、

御子弟のことが、さぞやご心配だろうと、

私も親です。

よく判っています。

ご心配には及びません。

将来、人の大切な身体の治療を行う医療人という専門職へと、

日本歯科大学新潟キャンパスでは、

本当に愛情と情熱を注いで、

教育にあたっていることを感じます。

 

総合的歯科治療

私の歯科治療は、

採血による血液検査からスタートします。

身体の1器官である【口腔】を、

総合的に診断し、

総合的に治療を行うためには、

全身状態の把握が必須条件であるからです。

問診票に記載して頂く全身状態に対する項目、

既往歴であったり、

現在の病歴、

現在の体調など、

患者さんが【気軽い気持ち】で記載していることに

30前半の時に気づいたからです。

たかが歯科治療だから・

ご自覚なさっておられないかもしれません。

が、

無意識下で、

そういった感覚が、

在るのかもしれません。

血液検査の所見から、

多くを学びました。

麻酔薬の選択、

投薬時の配慮、

手術時の縫合の糸の太さの選択と縫合の間隔など。

変幻自在に、

私は【手当て】に変化を付けます。

【生命歯学部】を名のる日本歯科大学の臨床教授たる

責務でも在ると、

日々・自覚しながら、

臨床に挑んでいます。

進歩でしょうか?

新しい患者さんの口腔内の診察を通して、

他の歯科医師の治療レベルなり、

最近の傾向を・つぶさに観察できます。

で、

全く進歩を感じません。

むしろ劣化しているかも・しれません。

私らの世代は、

小学校へ就学する以前から、

男子なら・普通にポケットの中に、

【肥後守】を忍ばせていたものでした。

【肥後守】を知らない?

和製の折りたたみ式の小刀です。

竹とんぼを造ったり、

自然から素材を選び、

手製で玩具を造るのが、

当時の普通の男子でした。

危ないって?

そりゃあ、自分の手指を過って切ったことは

誰でも・あったと思いますよ。

そうやって・道具の使い方を覚えるンです。

コレで・他人を刺したりするナンて、

そんな発想する時代じゃあ・なかったですもの。

手指ぐらい傷つても、

大人たちも・ギャァギャァ・騒がなかったですよ。

逆に、

上手に細工できるコツとか、

ドレドレ見せてごらんってな時代でした。

鉛筆だって【肥後守】で削ってましたよ。

そこから少々・年長になると、

プラモデルの製作へと。

道具を持つってことが・当たり前で育ってきたんです。

コレは、

歯科医師という職業においては・大きいですよ。

また、

スマートフォンなんかありませんから、

読書・読書って、

大人たちから・口うるさく、

本を読まされました。

辞書も・そうです。

ボロボロにまで使い込む。

コレが最低限の勉強だったと記憶しています。

ソレが今では、

調べ物は、

速攻でスマートフォン。

これじゃ・物事の表面しか視ない人間になりますよね。

計算も・そうでしょっ?

直ぐに携帯電話の電算機能を使う。

笑って下さい。

算盤に向き合って正座し、

ねがいましてはっ!

の、大きな掛け声のもと、

算盤教室に通うことも普通の時代だった私らとは、

全く土壌が違うンです。

レントゲンの読影なんか・特にそう実感しますね。

頭の中で、

三次元に構築できないのが、

不思議でなりません。

レントゲンの読影で・そういう状況ですから、

根管の複雑な解剖学形態や、

骨の立体構造、

噛み合わせの細かい作業なんて、

イメージもできない、

手先も動かない。

でも、

国家試験の正解だけは・よく知っている、

ペーパー歯科医師が量産されているような気がします。

神経を採っても、

根管充填材の施していない根管治療、

根管治療したものの、

根管壁をパホっている根管治療、

噛み合わせのズレの修正なしの全顎治療。

そりゃあ・後始末は大変ですよ。

手がつけられないまでに。

修正不可能な症例も、

たまにお越しになられます。

私は名医ではありませんので、

ご辞退させて頂くしか・ありません。

溜め息まじりの初診の対応が増えたように思います。

 

【時代】って言葉

あぁ・私は孫ができても抱けないわ!

溜め息まじりの、

女性患者さんの・つぶやきに、

???

ご子息に赤ちゃんが・できたって仰ってたじゃないですか?

ナンでも、

昨今では、

孫は男系の跡継ぎという認識は消滅し、

妻とその母親の大きな影響下に在るのだそうな。

祖父母の邸宅の庭には、

私の誕生を祝い植樹した柿の木と、

高い高い1ッ本柱に、

大きく・空泳ぐ【鯉のぼり】。

幼い私は、見上げて・誇らしく胸張っていたモンです。

家の長男であることの自覚は、

家業は継ぎませんでしたが、

大きく今でも背中に背負っています。

そういう空気のなかで、

育ったからです。

元来、

脳医学的分析からも、

男性と女性では、

物事に対する、

判断尺度、

分析手法、

結論への導き方、

結果行動、

違うンです。

そこを、

時代的背景からの道徳観によって、

バランスを保っているんです。

ただ、

女性目線の方が影響力を発揮しているのも、

事実でも・あります。

末の娘が、

母親との意見の相違から

親子喧嘩を始めたようです。

で、

パパっ!

ママに言ってよ!

に、対して、

ママがパパの言うことを聴くと思うかぃ?

速攻で、

聴かない!

と、

3人姉妹がコーラスの如く。

なっ!

私はナンにつけても【時代】という台詞を連発するようになりました。

初診をお越しになられる患者さんの口腔内の治療痕跡を診ても、

【時代】だなと。

診断力、治療方法の選択、治療技量、治療ゴールの設定、

進化どころか、

退化しているとしか・思えません。

元気で居れば、

若い世代には負けねぇわな!

私は余裕綽々の、

自分ペースで、

治療力の修錬を続けることができるのです。

ですが、

若い歯科医師からすれば、

超快速ブルドーザー的なエネルギー源を

どうやって維持できているのか不思議に見えると思います。

そもそも【歯科医学】への情熱が違いますから。

ソレと、

私は自分の能力の無さを知っていますから。

ですから、

情熱の火だけは、

燃え続けさせていないと、

自分自身へのケジメがつかないのです。

しかし、

教育現場ではコントロール不可能な、

【時代】背景からの・負の影響下で、

日本人が暮らせてゆける【ゆとり】が、

人の持つ大きな意味を、

封印させられても暮らせることで、

緊張感の消滅という結末に至ったのだと思います。

平和ボケなんですよ。

大学無償化を控えて、

その恩恵を得るために、

所得を低く見せかけるために、

あえて籍を抜く夫婦の話しを聞いた時に、

仰け反っちゃいました。

国のために何かできることは・ないのか?

そう考える子どもを育てるために、

義務教育という無償の福祉を

この国の指導者は苦労の末に創ったのです。

その財源確保のために、

大人たちの労働の汗を国に納めているのです。

本当に【時代】って言葉で、

済ますしかない処まで、

来たんだと・思いますね。

波が来た

高校時代に読んだ【江藤淳氏】の評論を

引っ張り出して、

何十年か・ぶりに読み返そうと思ったのには、

全く意味はありません。

最近、

この手の青春期に読んだ書籍を

再読する機会が増えたことを

不思議な気持ちで、

客観的な眼で、

自分の何故を観ています。

確かに、

頁の上に私の青春期が在りました。

文字を拾いながらの思考も、

当時の風景と共に蘇ってきます。

人生に波が在るとするならば、

最後の青春期というべきモノが在るのではないかと、

ソレが、

今、

大きな【うねり】となって、

押し寄せて来ているのではないかと。

サーファーのように、

それならば、

この波に、

人生経験という技を得た、

当時の私とは違う自分が、

乗らなきゃ損だと・思う気持ちが湧き上がっています。

ダイナミズム。

枯れてゆくのではなく、

悠々と、

足腰を据えて、

大股開いて、

ボードを操ろう。

エール

あのねぇ・先生っ、

60過ぎてから、

ズシン・と、

あぁ・歳経ったって、

実感するモノよ!

そんな台詞を、

人生の諸先輩方から聞かされるたびに、

恐れ・おののく・のです。

そうなんですか!

としか、返せません。

先生なんか、

まだまだ働き盛り!

甘っちょろいわよ!

私の患者さんには大勢の・年長の女性が居られます。

私的には、

そのパワーの凄まじさには、

内心、

女性の平均寿命が長いことに・納得。

今年に入ってから始めた食事改善の結果が、

徐々に、

実感しつつあります。

治療の際の集中力の持続を

我ながら・凄い!

と。

でも、

帰宅してからの、

自分の身体への手当てにも、

相当に気を遣っています。

私の仕事は、

気力・体力勝負ですから。

ただ正直、不安です。

人間は死に向かっての【老い】から

逃げることができませんから。

そんなこと、

皆さんは、お考えにならないのでしょうか。

歯を、

それこそマイクロスコープで視てますでしょっ。

歯も頑張ってるんだなって、

エールを送りたくなるんです。

人が人生のなかで、

歯を食いしばって頑張っている、

その情念を、

全て受けとめてルンですもの。

頑張れ!

頑張れ!

って、

診療のたびに、

歯に向かって、

エールを送ってるんです。

働き方改革って?

昨日の日曜日は診療していました。

歯医者さんの歯科治療です。

この先生の治療は、

今後まだまだ続きます。

で、

昨日の治療が終わってから、

雑談の際に、

私より一回り先輩の大ベテランである先生が、ポロリと。

広い診療室にポツンと・診療台が1台きり。

最初は・訳が判りませんでした。

何故ってな感じで。

でも、

治療を実際に受けた人しか・

コレは判りませんね。

先生ところが、

紹介患者さん・ばかりってのが、

治療受けて・よ~く判りました。

でも、

重労働ですね・先生の治療は。

コレじゃ・1日に何人も診れませんね。

健康保険の治療との違いに納得。

私は嬉しかったです。

自費治療専門の歯科医師って、

要領の良い・儲け主義って誤解を受けやすいのです。

同業の歯科医師から、

そう聞かされ、

少し報われたような気がしたのです。

昨日の治療も、

まるまる半日かかりましたもの。

帰宅してから、

ウチの学生に連絡したのです。

次の出勤時に、

バトミントン部の学生全員を召集したのです。

主将に、

部活の学生全員に、

私の携帯電話の番号を教えるように指示。

なにか悩みがあれば・直ぐに電話せぃ!

コレは先の中学生への虐めラインに、

仰天したからです。

ウチの学生が、

ウチには・他所には居ない先生が居たんだぞ!

面倒見の良い情熱の教官ばかりだったと、

そう自信を持って欲しいからです。

私らの仕事は、

患者さんファースト。

学生ファースト。

自分を捨ててこそ・成り立つンです。

人生なんて・儚いモンです。

ですから、

働き方改革って、

私には何のことだか訳・判りません。