日別アーカイブ: 2013年9月19日

他人の噂

 朝の一番に来られた患者さんが
私の顔を観るなり
泪が頬をつたわったので、
私としては
驚きを隠せず
この様な日頃優しげな
人生経験豊かなる時間を
過ごされたる女性を
泣かせる訳を
問い掛けたのである。

 他人の噂、中傷が
泪の訳で在った。

 この様な場合は
とやかく慰める事よりも
黙って聴いて差し上げるのが
良い事を
私は自信の経験より
熟知している。

 他人から耳にする
他人の話等と云うものは
大概が、
根も葉も無いもので、
私等は
むしろ他人の噂話を
してくる人の方を
愚かなるかなと
憐れみを感じつつ
顔を見つめている。

 一度きりの人生である。
其の三分の一は
確実に睡眠に採られて仕舞うので
神さまから
与えられた時間は
とてつもなく短いのである。

 別に持って
あの世へと行ける訳では無いが
人間としての
品格と奥行きを
持たせる事に
私は過ごしたいと
思っている。

 他人からの
陰口などは
私の様な自営業者は
辞めて貰った従業員からは
何を云われていることやらと、
ではあるが、
逸れでも
命よりも大切な
歯の仕事である。

 腐り物は
矢張、
早々に捨て去らねばならない。

 この様な腐り物を
ありがたく迎え入れる処は
此れは此で
同類同士の群れ造りであるから
私とは
違った水を飲んで育った人と
今後の関係を断ち切れば良いだけの
話と
私は割りきっている。

 此の患者さんであるが
帰られる際には
頬の緊張も
すっかりと採れて
それでは先生、また来月にと、
診療所を後にされたのである。

夢の超特急

 幕末に西洋人が持ち込んだ
蛇腹のカメラを
魂が吸い込まれて仕舞う道具と
驚愕した当時の
江戸の人間の心境
さながらの私である。

 朝刊の一面に
東京ー名古屋間を
僅か40分で結ぶと云う
リニアモーターカーの記事に
この様な恐ろしい電車になど
乗れるものか!と
怖じ気づいた私を
孫子の代には
江戸の時代の人間よろしく
笑うに違いない。

 誠に時代は移り過ぎてゆく。

此の夢の超特急であるが、
路線の大半はトンネルの中を
走り抜けての
味気無いもので在るようだ。

 私等は旅する際の
車窓から流れる景色に
物思いにふけるを
其の醍醐味であると思っている。

 今では無くなってしまったが、
私が学生時代まで
新幹線のなかには
食堂車が在った。

 なんとなく大人になった
心持ちで
文庫本をテーブルに伏せて
熱い珈琲を啜りながら
暮れゆく街の家灯りに
此処にも人の暮らしが在るのだと
彼是、想いを巡らせたものである。

 確かに時間は貴重では在るが
これ程のスピードを求めては、
却って
人が人たる所以である余裕と云うか
糊代みたいなものが、
失われて
確実に情緒のない人間を
造り出す結果となろう。

 時代遅れの戯言である。