夢の超特急


 幕末に西洋人が持ち込んだ
蛇腹のカメラを
魂が吸い込まれて仕舞う道具と
驚愕した当時の
江戸の人間の心境
さながらの私である。

 朝刊の一面に
東京ー名古屋間を
僅か40分で結ぶと云う
リニアモーターカーの記事に
この様な恐ろしい電車になど
乗れるものか!と
怖じ気づいた私を
孫子の代には
江戸の時代の人間よろしく
笑うに違いない。

 誠に時代は移り過ぎてゆく。

此の夢の超特急であるが、
路線の大半はトンネルの中を
走り抜けての
味気無いもので在るようだ。

 私等は旅する際の
車窓から流れる景色に
物思いにふけるを
其の醍醐味であると思っている。

 今では無くなってしまったが、
私が学生時代まで
新幹線のなかには
食堂車が在った。

 なんとなく大人になった
心持ちで
文庫本をテーブルに伏せて
熱い珈琲を啜りながら
暮れゆく街の家灯りに
此処にも人の暮らしが在るのだと
彼是、想いを巡らせたものである。

 確かに時間は貴重では在るが
これ程のスピードを求めては、
却って
人が人たる所以である余裕と云うか
糊代みたいなものが、
失われて
確実に情緒のない人間を
造り出す結果となろう。

 時代遅れの戯言である。