日別アーカイブ: 2013年9月3日

美しくない歯科のホームページ

 私が歯科と云う仕事に
就いている為か、
はたまた、
私の生まれ育った環境のせいか
定かではない。

 私は見映えの悪いものは嫌いである。

 歯科の仕事に纏わる物事一切は
勿論の事ながら、
私の綺麗好きは
全てに渡る。

 但し、
綺麗処と金額の高いとは
別物である。

 先の東北震災に遭遇し
私の人生観は一変した。
この世に在る物、
全てはかなきものと悟って
処分して売却してしまったが、
当時の私の愛車は
1967年製の
アルファロメオの
ジュリア1600ccスプリントGTであった。

 ホイールから全てが
当時のオリジナルの逸品であった。

 グランツーリスモを顕すGTと云う
言葉も此の車が最初のものである。

 今のデザインからは
考えられない位に
地味な出で立ちであるが
美しいスタイルである。

 私は値の張る
マセラティやポルシェ等は
好まないし、
歯医者風情の
はな垂れ小僧の私には
分不相応でる。

 今は値のつかない
古車ではあるが、
私には格別なる
宝物であった。

 歯科のホームページを眺めて観れば
品格無く、
知性無く、
教養無く、
センスに欠けたもの
甚だ多しである。

 歯科もっとゆとりを持たねば
滅びてしまう。

歯医者が全て、悪では無い

 高松市は又もや豪雨である。
昼休みに外食して
診療所へ帰ると、
歯科衛生士の宮田君が、
雑誌を読みつつ
昼食を採っていた。

 或人からの頂きものの雑誌であった。

【もう騙されない 歯医者の裏側】
と、題された、
週刊ダイヤモンドであった。

 興味深かく拝見させて頂いた。

 で、感想はと云えば、
当たらずとも外れとも云えず、
であった。

 が、別段、
私は金儲けがしたくて
歯科医になった訳ではない。

 嫌みではないが、
私は裕福な商家の
生まれ、育ちである。

 家業を継いだ方が
豊かな暮らしが出来た。

 ズーと
歯の魅力にとりつかれ
今に至って生きている。

 歯科医が増えようが
私の仕事が無くなる訳ではない。

 そもそも他人の職業を
収入ありきで
云々するなど
浅ましい行いである。

 先の東北震災の年は
私の診療所は悲惨な目に遭った。

 関東地方の患者さんが
消えてしまったのだ。

 当然、売り上げは激減するは
手持ちぶさたで
退屈至極であった。

 余りの馬鹿さと価値観の違いで
辞めて貰ったが、
震災以降に勤務した従業員は
金を稼ぐのが貴い行いと
信じて今までを
生きて来たのであろう!

 其の時分の私は
此のような
医療の心をも判らぬ素人から
馬鹿にされる位に
暇であった。

 今思えば
人生の充電期間であったと思っている。

 但し、いくら収入が激減したとは云へ、
私は治療の手を抜いた事はない。

 時間があるなら在ったで
自身の治療を再評価し、
じっくりと
症例と向かい合う事が出来た。

 私は他人の為に
歯の仕事に就いたのではない。
私は私の遣りたい仕事をしているだけでる。

 私の母校の日本歯科大学は
良い教育を実践している。
教官達も
世間の他人は
信じて貰えない位の
薄給で
将来の歯科医の教育に能っている。

 日本歯科大学は
国家試験の予備校ではない。

 マスコミも
興味本位で書くも良かろう。
が、
ペンは何よりも大きな力を持つ。

 国家国民の為の
歯科100年の実績を
破壊する行いは
マスコミの
心の持ちようにも
懸かっている。

 但し、悪い歯医者が
増えたのも事実である。

接着歯学 VS 従来型歯科治療

 虫歯になった際に、
罹患した歯質のみを除去し
歯質接着剤を利用して
最小限の侵襲でもって
歯の修復を行えるのが
接着歯学の最大の利点である。

 此の考え方は
新しいものでは無く、
1955年にブーノコア博士の研究を
端としたものである。

 この際に博士は
歯のエナメル質に対して
85%のリン酸水溶液を用いて
エッチング処理を行い
有機複合材料を歯との
接着をはかったのである。

 現在、リン酸水溶液の濃度は
おおよそ35%程度の濃さに落ち着いている。

 歯に対する接着と云うテーマは
歯科保存学の守備範囲である。

 私の専門は歯科保存学である。
であるから、
私の研究論文には
接着関係のものも多い。

 が、私はレイモンド.キム先生から
臨床歯学の基礎を学んだ
レイモンド.キム.ファミリーの一人でもある。

 キム先生から、
決して新しいものを否定する事はないが、
新しいものに頼らずとも
確かな治療成績が獲られる
確実な手法を身に付けろと
学んだ者である。

 一見、
接着歯学と従来型歯科治療の間に
矛盾があると
思われるかもしれぬ。

 が、其れは
いたって未熟な考え方である。

 接着歯学も
歯科保存学の範疇にある事を
鑑みれば、
より歯組織に優しい手当てで
治療に応用出来るからである。

 私はリン酸水溶液等は
エナメル質に対してしか
使う事はない。
歯のコラーゲン繊維を
こっぴどく迄に傷める
暴挙は、
歯科保存学を学んだ学徒には
到底、出来ないのである。

 歯科医師は
科学者であるべきである。

 様々な水溶液による
歯の処理は、
歯の治療の全ての過程に於いて
必須な下仕事である。

 此の辺りの配慮と
大きな視点にたった診療とは
意味が違う事に
気付くべきである。

 過った手当ては
かけがえのない歯に対して、
小さな親切、大きなお世話に
なるであろう。

池波正太郎展

 最近は歳をとった為か
上京するのが億劫になった。

 其れでも、
仕事で否応なく
出向いて行く時は、
夕刻、
並木通りの独り歩きと
贔屓の料理屋で
冷や酒一合位に控え目にしての
料理と店の主人の仕事姿を
眺める方に
重きをおくようになった。

 週刊紙等は
殆ど目を通す事の無い私であるが、
今朝がた、久し振りに
近くの喫茶へと
モーニングの朝食を採りに行った際に、
開いた雑誌の見出しに
思わず手を止めた私である。

 【池波正太郎展 9月9日迄 銀座 松屋】

ー 仕舞った! 知らなかった! ー

 私は池波正太郎氏の著作の殆どを
所有している。
自慢ついでに
私は氏の著作の大半は
其の台詞も諳じている。

 が、其れでも
気の向くままに
書庫に整然と列べた氏の著作を
手にして、
何度となく読み込まれた
其の著作を
床に寝そべり
再び、其の世界へと
旅をする。

 思うに、
歳を重ねる度に
医者や歯医者との
交際の輪が拡がったのだが、
私のなかで
尊敬に値する歯科医は
麻布の内藤正弘先生、
東大阪の本多正明先生、
新大阪の伊藤雄策先生位である。

 皆、歳をとってしまったが
間違いなく
本当の歯医者である。

 医師については
此処では多くを語れないが
保険制度の中で
育って来られた専門職と
欧米の医師を
比較するのは酷であろう。

 国の統制の中で食える
職業程に
恵まれたものはない。

 其の様な居心地の良い環境下では
人間は
全力投球は出来ないものである。

 池波正太郎氏の言葉に
【仕事は独りでするもの】
至極、最もな話であるが、
恐らく、
我が国に於いて
健康保険制度が壊れたならば
独りで食べていける仕事をしている
医師、歯科医師は
殆どを居ないのが
現状であろう。

 昨日、新たに取り引きに訪れた
歯科材料会社の営業マンが
緊張した面持ちで
自費診療のみで
田舎で食ってきた私を
周囲の同業が
羨んでいる等なり、
診療所の趣に
頻りと感心していたが、
実際は
其ほど甘いものではない。

 私はスタッフは勿論の事、
歯科機材、歯科材料から
メーカーの体質、人間、
果ては
来られる患者さんについても
吟味して
今にある。

 変人、変わり者、
挙げ句の果ては
歯のキチガイ呼ばわりされる事
ままあれど
私は歯の世界で
伸び伸びと
楽しんでいる。

 やはり、今週の何処かで
日帰りで
銀座の松屋へと
出掛ける決心がついた。

歯科保存学は歯学の王道である

 【歯科保存学は歯学の王道である】
此れは、
日本歯学大学.新潟.歯科保存学教室
初代主任教授を務められた
加藤嘉郎博士の最終講義での
言葉である。

 人の身体を
患者中心で考えるならば、
或いは、
医学の進歩は未だ
途上の最中に在り
現在のスタンダードが
将来、必ず未熟の謗りを
承ける定めに在るを識る
謙虚さの分別を持つ
科学者であるならば、
私どもは
歯の治療に際して
歯科保存学の
基礎を学ぶべきである。

 其れは、
今流行りの
審美歯科、インプラント治療に於いても
必ずや、
其の予知性を
高めてくれるに違いない。