日別アーカイブ: 2013年12月14日

最後の職人

 銀座の
天婦羅近藤の主である
近藤文夫氏を
最後の職人と称した
本を購入し
一気呵成に頁を捲った。

 本職の文筆家の認めたものより
近藤文夫氏自身が
書かれたものの方が
断然面白かった。

 私も近藤ファンであるが、
此の本自体は
ツマラナイ本であった。

 書く始めから
書き手が
近藤文雄氏に飲まれて
これでは
近藤文雄氏の揚げる天婦羅の様な
躍動感は
表現出来ない。

 書き手にとって
近藤文雄氏が大き過ぎたのか
或いは
書き手にとって
職人のなん足るかの
消化が足らなかったのか、
とにかく退屈で
近藤文雄氏を書き足りていない
ツマラナイ本であった。

旨いもの

 断っておくが、
私は決して食通ではない。
単に美味しいものが
好きなだけである。

 此処で云う
美味しいものと云うのは
私が美味しいと
感じるものであって
他人の舌で
美味しいと評価されているものではない。

 江戸前の天婦羅屋などで供される
上等な白い胡麻油を潜った
天婦羅は格別であるが
私は普段の調理には
小豆島のかど屋の胡麻油を
贔屓にしている。

 そもそも家庭の味と云うのは
肩肘張らずに
心持ち和むを一番とすべきである。

 油を使う際に
私はサラダ油を使う事はなく
専らかど屋の胡麻油派である。

 生の野菜を食べる際にも
塩と胡椒を少々降ったる上から
胡麻油と醤油をかけてが
一番旨いと
感じたる私である。

たまの休日

 歯科衛生士の宮田君が
新潟での研修の間、
私は休日を満喫しようと
前々から
楽しみにしていた。

 喫茶や映画にでも
出向いてみようと思っていたが
結局、
買いだめしておいた本を
数冊、読んだくらいで
束の間の休日は
儚く終わって仕舞った。

 但し、
喜んだのは
二匹の犬である。

 普段では慌ただしい朝の時間に
慣れっこになっている此の犬達は
この日は
何か様子が違う事を
察した模様であった。

 犬には
時間の概念が無いことを
何かの本で読んだ事があったが
其れは疑わしいと思った。

 身体を撫でろと
二匹に交互にせがまれ
飽きれば、
次は
散歩に出掛けたりで
瞬く間に
時間が過ぎていった。