日別アーカイブ: 2014年12月5日

【歯の定期的なクリーニング】に対する私の考え

毎日、ご自身で行う歯磨きで、すべての歯の汚れを採ることは出来ません。

といって、定期的に歯科医院で歯の手入れをしているのに歯が櫛の歯が抜けるが如く、
次々と無くなって!と嘆かれておられませんか?

下手くそな歯の掃除では、かえって歯に傷がつく!
と、私は思っています。

下手くそなゴルフのショットでは、芝生が泣いている!のと同じです。

私達の世界も、ゴルフや野球の世界も同じです。

ゴルフ大学、野球大学があったとして、国家試験があったとしても、
それは最低条件を満たしただけと同じですよ。

私の患者さんでも、大勢居られますよ!

下手な歯科衛生士の掃除よりも、ズット、ズット、ブラッシングの上手な方々が。

だからこそ、歯科衛生士の技量がより大事なんです!

私のスタッフの宮田君はスゴいですよ!

私の患者さんのお口の中を診ているんですから。

なかなか居ませんよ!

私の眼の前で、実際に作業できる歯科衛生士は!!

安全で安心なインプラント治療とは

最近、関東地方にある某国立大学付属病院において、
内視鏡下での腎臓手術で、事故が続出しているとの報道を見かけます。

患者さんの心理としては、低侵襲な、大きく切開しない手術を選びたいと云うのは当然でしょう。

これに対して、著名な心臓外科医が興味深いコメントを述べていました。

視野の狭い限られた処での外科処置は、視野から外れた見えていない部分のトラブルには対処できないと‥。

至極当たり前の話をと、お感じになるかもしれません。

私はメスを手にして四半世紀になります。
症例も優に2000は越えています。

インプラント治療の世界に於いても、最近では粘膜を切開.剥離しない【ノンフラップ手術】をもてはやす風潮があります。

私がこの方法を採用する機会は極々マレであると、正直に申し上げます。

【近代歯周病学の父】と唱われたスウェーデンのリンデ先生は次の様に、この手術方法への警告を述べられていました。

ー 私は自分の眼で直接確かめた骨の状況以外は信用に価しない! ー

多くの症例に際して、CT画像と実際の骨の形の微妙なズレを、経験しています。

レントゲンやCT画像は、あくまでも参考に留めておくだけで、
細かな手術の味つけは、実際の骨の状況によってアレンジを加える必要があります。

患者さんの大切な身体に対する手術でもっとも必要なことは、
【絶対的な安定感】だと思います。

見えませんでした!では済まされません。

考え方としては【ノンフラップ手術】は悪くはありませんが、
あくまでも話の上での話であって、この方法を主とする考えには、全面的に否定的な立場を採るものです。

こんなアブナカシイ手法をしていたら、
私は毎日インプラント治療に携わっています。
心配で生きた心地がしません。

キチンと手術野を確保して、ゆとりをもった治療を是非にとお奨めします。

家庭生活に例えるならば、親が収入重視で子供をホッタラカシテ、
経済的なユトリは出来たが、子供がロクデモナイ阿呆になった!のと同じです。

傷口を小さく、小さくはヨーク判ります。
でも、もしもの場合には自分は当てはまらない!と断言できますか?

オーソドックスな治療を日常、キチンと続けることが一番の安全策だと断言します。

私の願い

いつもは仕事に追われて、スタッフの宮田君とゆっくりと話をする機会がありません。

患者さんに向かい合って座り、歯石を取っている姿勢を観れば、その歯科衛生士の技量は直ぐに判ります。
宮田君は、確実に上手な歯科衛生士になっているのが判りますから、
私としても無駄なことは云う必要も無しと思っていました。

昨日は、在ることがきっかけとなり、宮田君と久しぶりに雑談する事となりました。

先日、他所で受けたセラミックの治療の具合が悪くて転院されて来られた患者さんに対して、
私としては、難しい症例ではなかったので、
その日のうちにダイレクト.ボンディング法で歯の治療を完了させました。

翌日、宮田君は此の患者さんへお電話をかけて、噛み心地や、痛み、違和感などご不安なことはないだろうか?とお尋ねしたようです。

私のこの様な自然の行いを、大変嬉しく思います。

ナイチンゲールの心を持って患者さんへ、向かい合って欲しいとの私の願いは、
宮田君に伝わっていることが判ります。

私は技術屋ですから、もっと上へ上へと技術の向上を願ってはいますが、
それよりももっと、もっと、患者さんに喜んで貰いたいと思っています。

縁があって歯科医になりました。

歯科医の使命とは、快適な咀嚼機能が営めるように、そして豊かな口許を創造することだと私は考えています。

あとは、人と人との関わりあいです。

私は患者さんとの関わりを、治療して、それで終わりと云う単純なモノにしたくはありません。

治療は、絶対的な安定感をもって臨み、人としては包み込む空気のような心でと、最近は心がけるようになりました。

何時まで現役生活を送れるのかは判りませんが、常に患者さんと寄り添える心で診察していたいと願っています。