単細胞


同年代の知人の話しですが、

地方の国立大学の学生時代に、何と!彼は数百万円程の貯金が出来たそうな。

その話しを耳にしたのは、私が30歳前の頃でしたが、

大いに仰け反ったのを覚えています。

彼の殖財の方法は、株や投機によるモノではなく、

アルバイトや親からの仕送りを切り詰めてのコツコツとであったことも

私の仰け反り角度を、益々に増大させたのです。

私なんぞは、江戸時代に生きる町民のように

【宵越しの金】は持たねぇ!気分で、

仕送りのあった日などには大いに気が大きくなり、

ついぞ数日前の月末なんぞには喫茶でツケで食べさせて貰っていたのをスッカリ忘れてしまい、

鮨屋のカウンターで、大いに旬の味を満喫していたモノです。

ですから、学生時代に幾ら遣った!ということは自慢出来ても、

貯金したなどとは考えても観なかったのです。

但し、負け惜しみではありませんが、

男としての器というか、面白味のまったく無い彼の現状を鑑み、

私は、それはそれで善かったのではないかと、自分で自分を納得させています。

無駄から、初めて生まれるモノもある!手合いの言葉を

数寄屋橋次郎の親父が喋っているのを、何かで観たことがありますが、

無題自慢の私としては、ホラ観てみぃ!てな具合で、

大いに同調したのです。

今の時代は、ギスギスして過ごしにくいと感じています。

私は優等生ではありませんから、

理屈の通った台詞や、議論など御免こうむるという姿勢で生きてきました。

生理的に嫌だ!と感じるモノには、身体全体で反発する子供が、

そのまんま大人になったと想われても構いませんの姿勢といった処です。

へぇ!と、お感じになられるかもしれませんが、

私は、単細胞な人間であると自覚しています。

人格者のようなことを演じている程、私は閑人ではありません。