新しくお越しになられた患者さんの治療が難症例であった時に、
山に挑む男の心境のような想いになるものです。
海軍兵学校から海軍士官となり、終戦のあとは産婦人科医へと転向した叔父は、
臨床生活に入ってからは、趣味のロッククライミングを辞めてしまいましたが。
病気との戦いは、正に目の前の大きな山に挑む心構えを必要とすることから、
わざわざ趣味でそのような事をシナイで良くなったんや!と語っていたのを思い出します。
私が歯科の道に入った時に報告したさいの受話器の向こう側から
ー 大変な仕事やぞ! ー
とだけ、呟いたこの叔父も鬼海に入って数年が経ちました。
血の繋がりは、何物よりも濃いと言います。
よく叔父の顔を思い出すのです。