院長室の窓は、菊池寛通りに面しています。
私鉄のターミナル駅から真っ直ぐに中央公園までのびたこの通りは、
朝の出勤時刻付近ともなると、大勢の通勤者で行き交います。
窓から目にはいる名前も知らぬ多くの人たち
皆それぞれに生活があるんだな、と、何気に想いながら煙草をくわえています。
どの様な生活の過ごしようが理想であるのかは、人それぞれに違うでしょうが。
私のような無頼の人間は、凡そ勤め人などハナから向いていないことは若い時分から判っていました。
歯科医とという仕事を、健康福士のと考えずに、ごく繊細な手仕事と観れば職人仕事の分野が最も適した種別けではないかと思います。
手先の職人仕事に就いたのだと、ズット意識して過ごしてきましたので、
元来の無頼さが尚更、発展して頑固一徹に成長したのかもしれません。
患者さんの方では、正確な治療を求めてお越しになられ、また接する際に於いても
私に一歩下がったハンディキャップを与えて下さっているのが判ります。
本当にありがたいと感謝して過ごしてきました。
診療所に居る時が、本来の私であるのでしょう。
昔、藤山寛美が楽屋にて寝泊まりしていた気持ちがよく判ります。
私ら職人は、仕事場に居るからイキイキするのであり、
一歩、外へと出てしまえば、何の取り柄のないただの阿呆烏でしかありません。
その辺りの痛い処を突いてくる野暮な輩に、私ら職人は、抵抗する手当てを持ってはいません。
自分の仕事を追求すればするほど、仕事にはテッペンがまだまだ上の方に動いて移動していくのを
ヒィヒィ言いながら、時には背伸びを、またあるときには腰を屈んで、
力をつけることだけに多くの時間を費やしてきた繰り返しの人生でありましたから。