男という生き物は厄介な生き物で、特に父息子の間柄というモノは
母親と言えども理解出来ないモノがあります。
特に私のように離婚した男は、倅から父と母親が袂を別つに至った経緯を聞かれても、
それは父が人として若かったのだとしか伝えません、。
が、母親の方はそうはいきません。
曾ての亭主を憎むことを支えに、強く生きねばと思うのでしょう。
そう言う意味で、それを聞かされた子供たちは私を本当に酷い男と想うに違いありません。
私は、それはそれで佳いと思っています。
何故なら、男にはある時期時期に脱皮を経験せなばならないからです。
私の倅です。
私は自分の倅を信じています。
現状、倅がどうにもこうのもならない状況に身を置かれています。
母親の顔色と、父の自分への想いに揺れ動いているのだと思います。
倅の愛犬のアール君は、毎日を生きるのが精一杯になりました。
思いつき、倅のポートレートをゲージの前に置いてみました。
それからは一生懸命にご飯を食べ、玄関口まで這って行き、
倅の帰りを待つようになりました。
愛しくて、愛しくて、アール君の身体と頭を触る事くらいしか出来ません。
愚息は浪人です。
良い春を倅が迎えられる幸運に恵まれて、
得意気な顔でアール君を抱き締めて誉めてやって欲しいと心より願う馬鹿親たる私を蔑まれても構いません。
蛙の子は蛙であると信じています。