月別アーカイブ: 2016年2月

休日

インフルエンザは相当に堪えました。

食欲も回復していません。

ポカリスエットだけでは力も涌きません。

少量の肉を焼いたり、

豆腐を煮たりなど、

工夫しているのですが、

ダメージが大きかったのでしょう。

外にも出る気力もなく、

キャバリアのアールじいさんとマリリンを

入浴させました。

と言っても、

私が入浴する際に、一緒に浴室へと連れてゆき、

一緒にシャンプーするだけですが。

其れでも気持ち良さそうに目を細めて、

あぁ!犬は良いな!と。

一日中 ベッタリ離れませんので、

とても可愛いですよ。

両刃の剣

歳も歳ですし、立場も在りますので、

心が一杯になるまで溜めに溜めこむ事が

身体に堪えるのでしょう。

その様な時に、大学時代からの親友である

現在は医療系大学において解剖学の教授を務めている

浅見博士に話を聞いて貰っています。

博士は温厚なる人柄であり、

かく在りたいと、

私は博士を羨ましく思っていました。

が、

「三枝のブログを読むんだけどね、俺たちは同じ人種なんだよな!」

驚いた私です。

「歯科医の仕事って他人目には判らないパッションっていうか、

それが肝心なんさ!」

「静かに見える治療も、手の先にエネルギーをブツケテさ!」

「キツい仕事で、其れで俺は臨床辞めて、学者になったんさ」

「一般の人間には判らないさ」

「三枝の仕事は両刃の剣さ」

私の仕事にはテッペンはありません。

自分の仕事の未熟さを、毎日、身をもって悟らされます。

バランスのとれた人間になるか?

名人芸を身につけるのか?

その辺りの問答はレベルがある一定の段階に至っていないときのモノです。

私らの仕事は、人タラシでなければなりません。

この先生に託したい!と云うあり得もしない自分を演じねばなりません。

現実に、その様な仏様のような人など居る筈もないのに。

私らの仕事は、最後の最後は腕だと思います。

但し、患者さんがどのレベルでの治療を望んでいるのかも、

その時々に変わってきます。

患者さんの要望を誠実に聞く事が、

将来トンでもない結末に至ると専門家故に

判る時も度々在ります。

誠意をもって説明しても、

逆に採られて、心傷つく時もあります。

其れでも、

私らは心傷ついても、

真の言葉を語らねばなりません。

 

リンカーン自伝

別にインテリ云々と言いたい訳ではありません。

翻訳家の文章体がウマに合わない場合が多い事に加えて、

少しでも英語のトレーニングになればと考えて、

英語圏の書籍であれば、辞書を捲りながらでも、

原著で読むことにしています。

で、リンカーン自伝と云う話の流れです。

高潔な人格者と云う固定概念が強すぎた上で臨んだ伝記でした。

が、頁数を重ねる度に、

やはりリンカーンも人で在ったと。

彼は生涯に、とてつもなく多くの手紙を残しています。

が、その半数は引き出しの中で眠り、

決して相手の眼に触れる機会はなかったようです。

言いたいことの半数は、

伝えても意味のない台詞や逆に反発を招くモノが在ると云う事です。

私は娘たちに茶道の手解きを受けさせる事にしました。

窮屈さや、決まりごとの所作を体感させるのが目的でした。

茶会が施される際には、少なくても30分前には、

催される場に居らねばなりません。

社会通年上、待ち合わせ場所には10分前にと云うのと

同じです。

習い事と向き合う姿勢においても、

親から言われて嫌々と云う心持ちも在れば、

縁が在って出会った茶道、何か興味の対象を探す心持ちで向き合う。

どちらが自己のためになるでしょうか?

子供が望む事を優先させるのが良い教育と云うのは

大いなる勘違いの産物だと思います。

大人の確かな目で、子供を導いて、時には強制的にという姿勢が

私は大切だと考えています。

子供の自主性の尊重しすぎは、我が儘な悪い点を助長させかねません。

ある時期、型に填まった窮屈な修練の経験が

人を大きく成長させる事を、

私は歯科医学を通じて、眼にしてきました。

リンカーン自伝は名著です。

世の若い母親たちは、是非に読んで頂きたいものです。

前へ

本当は見えない方が気が楽なのですが、

この歳ともなれば、

否応なしに色々な事が見えてくるものです。

長い間の診察生活を送った医師の第六感も、

その傾向を増長させるのかもしれません。

その感知の感覚から行動へと移行する際に

バランスのとれたモノをと

気をつけているのですが、

時にはエイヤー!と、

本当はしたくない事もせねばならぬ処に

人生の難しさが在ると思います。

その様な時に、

私には神様や仏様が良い方向へと導いて下さるからと、

そう信じているので、

前へ進めるのだと思っています。

現実は

歳をとって丸くなったと、しばしば患者さんから言われるようになりました。

丸くなったんじゃありません。

辛抱してるんです。

それと諦めの境地とでも言いましょうか?

本質は全く同じです。

見せないように無理しているだけです。

が、限度が在ります。

その域に達したならば、あいも変わらずです。

 

馬鹿げて呆れて

自転車にのりながらスマホ、

喫茶店やレストランのテーブル席で一緒に居る人をよそのスマホなど、

何を好き好んで、其れほど迄に情報収集するのか?

何でもかんでもインターネット検索と云う

ヤヤコシイ時代です。

電子文庫ですって?

本は頁を捲って読むものと云う私も

時代遅れの化石なのかもしれません。

イクメン国会議院が不倫がバレて辞職だそうな!

イクメンを謳うのも馬鹿げているし、

不倫がバレての辞職も馬鹿げていると、

そんな事を云う私の方が非難を受けるかもしれません。

他人の粗探しばかりで嫌気がさします。

変な処で体裁を整へ、

何時からこんな風になったんでしょう?

私なんか欠点ばかりですから、

他人の事など云える資格などありません。

悪さも随分としました。

後悔も大いに在ります。

が、他人からウンヌン言われる筋合いもありません。

面倒な時代です。

人の身体を診る仕事の勘所

誰しも人には触れて欲しくない境界線と云うモノが在ります。

其処を察するのが心遣いだと思います。

その辺りに配慮せずズカズカと立ち入る行いを

地雷を踏むと云う表現になろうかと思います。

私が時代劇を好むのは、

この辺りの描写なくして時代劇は成り立たないからです。

治療においても、同じ事が言えます。

治療方法は、ただひとつキリではありません。

患者さんの全体像を鑑み、

抱く心で、治療方法を提示しなければならないと思っています。

その辺りが、人の身体を診る仕事の勘所だと。

私たちの原動力

日本歯科大学 新潟の岡先生と私、

嘗ての恩師である山口隆司先生のチームで進めている

虫歯制御の研究は、着々と進んでいます。

虫歯で神経を採る治療が激減する日も

そう遠い事では無いでしょう。

私だから出来ると云うのではなく、

どの歯医者さんがしても同じ結果になるようにと、

それが科学研究の目的です。

少しでも患者さんのお役にたちたいと云う情熱が、

今の私たちの原動力です。

自分の進む道

無難な事しか望まないひとは、

無難な結果しか得る事ができません。

チャレンジする人は、

成果が出なければ、周囲からズッと変人の謗りを受けねばなりません。

私は、其れでもチャレンジする人で居たいと思います。

不遇の時期は、誰しも在ります。

強く在れ!強く在れ!と、

自分にムチ打って、

進むしかありません。

其れを耐えることは、

必ず将来の大きな糧となりましょう。

但し、耐えるにも、限度が在ります。

このような時、自分を信じるしかありません。

 

仕事の目的

私は歯科医に成りたくて成りたくて、

この世界に入りました。

と言っても、

何度も何度も大きな壁にぶち当たったのも事実です。

仕事の苦悩は、自分自身の頭で考え、

考えが至らない時は、

其れこそ闇雲に動いてでも、

打開の糸口を自ら探さねばなりません。

これがプロの宿命だと思います。

その一方において、

男ですから、家族の幸せのためにと

自分にムチを打って喰いシバって働いてきました。

私が倒れれば、家族が路頭に迷いますし、

少しでも豊かな暮らしをさせてやりたいと思っていました。

父親軽視の時代と言われています。

満ち足りて、何かを見失った人が多いのでしょう。

私は個人の零細歯科医ですから、

事業家のような豊かな暮らしをさせれません。

真面目に、誠実に仕事に命をかける男の背中しか

家族に見せる事しか出来ませんでしたが。

私も既に53歳です。

老いの域に入っています。

が、診断力と治療技術は益々、向上させようと

人には判らぬ努力は惜しんではいません。

仕事に対する情熱の冷めることは生涯、無いでしょう。

が、プツンと、何かが切れたと、

現状、私は感じています。

其れで尚、一層に歯の仕事に邁進出来るのであれば、

それも在りと、

そう感じています。