月別アーカイブ: 2015年8月

前へ前へと

昨夜は、どういう訳か眠れなく、

朝方まで読書して眠気が出るのを待っていました。

蔵書から中国の歴史に関するモノを取り出して‥‥。

これはある政治家の娘が父親の生涯を綴ったものですが、

15年位の前に購入して、毎年、思い出したように初めから読み返しています。

ですから、相当読み込んでいるのですが、

私には、全く、その行動パターンや思考回路が理解出来ません。

これが国民性の違いによるものなのか、

はたまた、私のような凡人との違いであるのか判りません。

どういう心境の時に、この本を手にするのか自分でも気づいてはいません。

が、私にとっては、不思議な1冊であります。

また、盆休みに読んだ1冊に【記者達は海に向かった】は、考えさせられること多々あったのです。

先の東北大震災の時の、福島の地方新聞記者の行動なり気持ちについて時系列で書かれたモノです。

次に再び手にとるのが何時になるのか判りませんが、

書棚の中に並べた1冊です。

で、結局は眠れないので、睡眠薬を服用したのですが、

目はさえる一方で、無理矢理にベッドに入りました。

すると、犬たちが従うようにベッドに入って来て、

オーヨシヨシ!と、頭や身体を其々に撫でてやっているうちに

眠って仕舞ったようですが、

おお寝坊!

朝の準備を娘たちに手伝って貰って、

韋駄天のように出勤したのです。

最近、色々と考えるのです。

仕事を通じて如何に社会貢献し、品の良い生き方の所作についてです。

本を手にしたり、映画を観たり、模索中にある私です。

青春時代から全く変わっていない自分の変化の無さを自覚しています。

私らの仕事は、悩んで、あるときはエネルギーを爆発させて、

あるときはエネルギーをもて余して、

前へ前へと、進んでいく種類に属するんだろうと感じています。

仕事の始まりは手術から

墓の掃除に、娘たちと犬の総出で出掛けたり、

読書などでアッと云う間に終わった盆の休日でした。

昨夜は自宅の前にて、娘たちと花火に夢中となり長閑な夏の夜を過ごしました。

仕事の始まりは手術から。

やはり私は、歯の仕事をしている時が一番気持ちが充実しているようです。

先程、インプラントの治療の患者さんも終えて

仕事初めの日であるから、今日はウォーミングアップ程度に留めておこうと早じまいする積もりです。

明日は朝一番から新患の患者さんを迎えます。

色々と、気を遣われておられるでしょうから、

丁重に対応させて頂こうと想っています。

今年も後半戦に既に入っています。

頑張って、過ごせていることに感謝しつつと言ったところです。

夏の夜は

お盆の前後は、比較的暇であるのでユックリと過ごしています。

夕方から近くの映画館へと足を運び、

久しぶりに独りの時間を楽しみました。

映画の方は、余り出来の良いモノではありませんでしたから残念でしたが、

それでも私は役所広司が贔屓ですから、途中で出ることはなくといった処でした。

早いうちに娘たちを寝かせて、と言いながら自分も一緒に寝入ってしまいましたが、

夜中に余りに寝苦しいので目を覚ますと、

何故か全ての娘たちが同じベッドで爆睡中!

脚を引っ張って、其々を綺麗に寝かせて並べ、布団をかけてやって、

子供部屋の二段ベッドの下の台に滑り込んだ私でした。

うつろうつろの処で、足許の方角からの大きなイビキに再び眼を覚ましたら、

最近ではメッポウ弱くなったアール君が、

恐らくは必死でベッドへと這い上がってきたのでしょう!

これも爆睡中!

頭と身体を撫でてやって、

朝、気がついたら大遅刻となった次第です。

普通のオジサン

昨日の日曜日は、娘たちは岡山市へ出掛けて行きました。

なんでもディズニーのミュージカルがあるそうです。

この炎天下のなかの外出は、パパは歳だから暑くて死んで仕舞うと丁重に断りをいれて

チケットだけを用意して送り出しました。

これで煩い奴等は夕方まで居ないのでシメシメ、今日は1日中、時代劇を観て楽しもう!と、

が、テレビ時代劇は音だけで、結局は夕食のカレーの下準備や洗濯に追われて

気がつけば、ソファーで昼寝転た寝という案配で、

娘たちのかしましい声で眼を覚ましたのです。

一生懸命につくったカレーと言えば、

気がつけば炊飯釜は中は既に空となり、

子供たちの旺盛なエネルギーを思いしったのです。

少しずつ猫の額程の小さな庭ですが、

芝生を敷き詰めたり、色々と手をかけるようになりました。

来年の秋くらいになれば、犬たちのはしゃぐ空間が出来ると

ジット出来ない私です。

ナイチンゲールの気持ち

記録的な猛暑のなかを、キチンと予約の時間通りに皆さんがお越しになって下さいます。

ありがとうと、感謝しつつ、道中の息災を祈っています。

また、新しい患者さんも途切れることなく予約が入っています。

歯が痛くて堪らない!という緊急の患者さんが、私の診療所へお越しになる機会は殆んどありません。

インプラント治療や審美歯科治療、入れ歯の新調が大半です。

緊急的な要素がないのにも関わらず、暑いなかをお越しになられることに感謝します。

受付台帳を患者さんの合間に除きこんで、

あら、この方はもう少し早い時期にして差し上げたら?と気を回して

スタッフに申しつけ、

少しでも患者さんとの距離感を短くしたいと想っています。

私はスタッフに対して、何時も【ナイチンゲールの気持ち】を

頭のど真ん中に置くように、逸れこそ口酸っぱく言い聞かせています。

診療所へと足を運ぶ患者さんの心には、何時も何かしらの不安心があるもんです。

先に先に気をきかせて、患者さんへ歩み寄ることは

技術の上手い下手よりも大切な事かもしれません。

今日も午後から手術です。

確りと手当てしたいと思います。

セラピー犬?

神経質で綺麗好きで潔癖症と思われてきた私は、今、岐路に立たされています。

診療所への通勤に犬を同伴させているからです。

ゴールデン.リトリバーのマリリンは毎日出勤。

1歳になったラフコリーのラッシーは、夏休みの間はご主人様である上の娘とお留守番。

巨大なる赤ん坊のセントバーナードの平蔵は、ご機嫌を伺っての出勤です。

何故ならでか過ぎる!暑さに弱い!はしゃぐと家具がひっくり返ってします始末!

で、今日はマリリンと平蔵の出勤です。

ありがたいことに、私の患者さんの大勢が犬好きでイラッシャイます。

先生、良いですか?と、今では診療前に皆さんが院長室の床に座り込んで

オーオー、マリリンちゃん!平蔵君!と撫でて撫でて、

なかなか診療に入れなくなりました。

が、患者さんは確実に緊張モードから癒しモードに切り替わって診療に入っています。

セラピー犬というんでしょう。

流石に丁寧にご辞退させて頂きましたが、

治療中、恐いのでマリリンダッコで駄目ですよね?

イヤハヤ、ウチのマスコット犬になってくれました。

秋から時候が良くなれば、診療所のど真ん前のホールに大きなヨーロピアンスタイルの洒落た犬小屋を置いてやり、

診療所の前で日向ぼっこでもさせてやろうと今からシメシメと楽しみにしてます。

犬が嫌いな人はどうするんですか?

来て頂かんでもエエやん!

いけないのでしょうか?

商売気がないのでしょうか?

それでも確かに申し上げられることは、

私の診療所の衛生度合いは、他の追従は不可能でしょう。

越後の空に輝く

私の拙いブログを読んで下さっている方々からしばしば、

新潟って良い処なんですね!と、声をかけて頂いた時に、

私は自分で自分の顔が皺くちゃになって喜んでいるのが判ります。

診療の合間、セメントが固まるのを待つ合間などに

菊地寛通りに面した窓から、外の街路樹が視界には入っているのですが、

私の脳裏には、信濃川河口に架かる萬代橋の風景が浮かんでいるのです。

人には其々に夢が在るのでしょう。

歯科医を志し、自分の望むスタイルで日々の診療が出来、

また大学での活動も望む形で過ごしている私は、歯科医としては大変な果報者であると

天に感謝する者であります。

末の娘の年齢を鑑みますれば、生涯、私は現役で居らねばなりませんが、

仮に末の娘を無事に世間様へと出でたつ責任を果たせました末には、

どの子かに私の仕事の後始末を託して、

新潟へと帰り、毎日を信濃川からの風に曝して暮らしたいと願っています。

今夜は新潟祭りの花火大会であるような。

鳴り響く音と、輝く花火は、私には離れていても届くのであります。

妙薬

小学校の自由研究って、なんとかならないモノでしょうか?

横で観ている私の方がハラハラしています。

今年から新学期の開始が早くなりました。

もう2週間を切っています。

上の娘は、ようやく自由研究のテーマについて話題にしはじめました。

クソ度胸があるのか?脳天気な真ん中の娘の頭の中は

就寝時間の9時から始まるテレビドラマをどうにかして言いくるめて観てやろう!のみ。

そう言えば昔、【命の母A】という薬の歌声高らかなテレビコマーシャルがありました。

大人に聞くと、なんでも女の人はお婆さんになる前には

頭に血が登るそうな。

その高まった火照った頭の血を冷やすありがたい妙薬が、あの薬であると。

それからと云うものの、気短な女性の姿を眼にした際には、

このありがたい薬を思い浮かべるのでした。

夏休み真っ盛りの今、【命の父A】なる妙薬がないものかと思案に暮れるのです。

些細な変化

息をするだけで辛どい日が続いています。

マリリンも机の直ぐ脇で横たわっています。

私は日々を慌ただしく過ごしています。

戦後70年を記念した報道をよく見掛けます。

難しい政治向きの話しはよく判りませんし、

私らのような医療人は、意図して政治の話しは差し控えるべきと考えています。

が、戦争という言葉を耳にして直ぐに目に浮かぶ光景があります。

先の東北大震災直後のみちのくの大地にて、私の眼前に拡がった光景です。

天災ではありますが、戦争がひと度起これば、同様の、否、それ以上の惨状を

私たちは味わうことになるでしょう。

国の威信や其々の事情も大いに在ろうかと想いますが、

丁寧なる手当てや方略を尽くして、

私たちは、この美しい国土と若い人たちが決して苛まれる機会のないように

その事だけは、頭のど真ん中に留めておく必要があると思います。

最近の私は、当たり前の話しなのですが、

白衣に身を包んで患者さんの前に立つようになりました。

上手になりたい!もっと佳い仕事をしたい!と

ズーと患者さんに接してきました。

が、プロであれば、それは当たり前の事です。

医者たる者だけが与えられた責務を全うすべき心構えを

より自覚するために、汚れなき心となりで患者さんを迎えようと思っての私の些細な変化です。

パートナー

診療が終わり、今から散髪に出掛ける積もりです。

マリリンには気の毒ですが、院長室で独り留守番をして貰う積もりです。

人間の出来ていない私は、数あるなかでマリリンだけを何時も側から離しません。

他の犬たちは家で留守番をさせているのですが、

マリリンだけは私の院長室へと毎日、一緒に出勤します。

先代のラブラドール.レトリバーのラブリーが亡くなった際に私は、自分を失う程に泣きました。

今は社会人となった上の娘のために買い求めた犬でした。

私も仕事の登り坂の時期でもあり、十分な愛情をかけてやれなかった後悔と罪の意識に苛まれました。

処分前の痩せ細ったゴールデン.リトリバーが段ボール箱の中から私を見つめていました。

毛並みの悪い、どちらかと云えばゴールデンらしくないラブラドールのような風体の犬でした。

末の娘と私が、この子犬の箱を抱え込んだことは言うまでもありません。

今でもマリリンの表情を通してラブリーの顔を思い出すのです。

そのな想いもあって私は、マリリンと離れることはありません。

院長室のデスクの脇で、私が入室するや否や、私のお腹に顔を埋めて見上げています。

行き来の車内も一緒です。

寝るのも一緒です。

若い先生方が、横道に逸れるのを目にする度に、

ー ネエチャンよりも犬になさい! ー

誠の心からのアドバイスです。