カテゴリー別アーカイブ: ただの日記

さぁ、頑張って仕事だぞ!

今日の診療も、

難症例のオンパレードになりそうです。

写真撮影して、

御覧頂ける興味深い手当てに遭遇するかもしれません。

こうして私の仕事が始まります。

当たり前の手順を正確に厳守し、

丁寧に、丁寧に、

手当てに専念する。

私の仕事は、

そういう種類のモノだと。

私の開業術の秘訣

私の仕事は医療ですから、

お越しになられる患者さんは、

いろいろな不安感を持っておられると、

予め、

こちら側は、

心構えて応対する訳です。

でも、

ソレを絶対に相手に悟られないように。

ここが医者の肝心処です。

絶対的な安定感を相手に与えつつ、

包み込むような空気を放ち、

でも、

相手が和むような、

くだけた気分になって、

自分から、

ついつい、

話しをしてしまう。

そういう方向へと誘うんです。

そのためには、

私自身が、

目の前の患者さんと合体する、

融合する、

完全に相手の心の中に入り込む。

その繰り返しから、

初めて、

医者と患者さんとの本当の関わりが始まるんです。

これが自然にできないと、

開業医は、

何をやっても流行らないでしょう。

ここに私の開業術があるんですよ。

仕事術

昨日はホームページの制作者である多田真奈美女史から

起業した若者を紹介されました。

多田女史の紹介ですから、

私は本気モードで対応することにしたのです。

挨拶を交わし、

軽い会話を交わし、

何となく無難に、

互いの心打ちを観ながら、

で、

次はいつ会うことになるのやら。

そういう対応を私は好みません。

心内で、

羽織袴姿での真剣勝負に挑んだのです。

多田女史は仰け反ったと思いますよ。

無論、

相手の若者も。

いきなり言いました。

名刺を度々、人から頂きますが、

数日どころか、

次の日になると、

その方のお顔を全く覚えておりません。

そんな仕事術は、

渡世では全く役に立ちません。

強烈なる個性で、

私にぶつかってください。

で、

これから私と何を?

今の私の頭の中にあって、

温めているミッションは2つ。

何でソレなのか?

私はソレがしてみたいから。

実現させる過程って、

ワクワク.ドキドキしないかい?

私はいつも、

その感覚を大切にしています。

毎日を、

同じように見えるかのような歯の治療です。

でも、

全ての治療は、

ソレなりに、

工夫して、

変えているんです。

だから、

治療が楽しいし、

いつも真剣勝負で、

新鮮なんです。

で、

いつ、貴方は私のアイディアを聞いて、

答えを持って来んの?

目の前の多田女史のポカンと口を開けての表情が

とってもオモシロかったのです。

仕事には、

躍動感とスピードが必須です。

攻める、攻める、攻めるの姿勢で。

で、

向かい風が吹いたと

瞬時感じたら、

屈む。

ひたすら屈む。

で、

時を待つ。

これが私の仕事術です。

痛くない歯医者

痛くない歯医者って、

本当にあるのでしょうか?

治療するのですから、

治療しないよりは、

快感はないでしょうし、

絶対、本当に痛くないんだよな!

仮に痛かったら、

どうしてくれるんだ!

治療の前に、

ドスを利かせて、

凄んで観たら、

どうするんでしょう?

私は傾き者ですから、

痛くない歯医者ってキーワードを観る度に、

よほどの取り柄のない奴だ!

歯医者なら、

医者と名乗るのならば、

無痛治療の前に、

もっと、もっと、

患者さんへのメッセージが在るんじゃないか?

そんな風に感じるんです。

普通の注射器を使って、

普通に麻酔注射してますが、

痛いなんて、

言われた事などありませんが。

治療ですから、

される側がイヤな、

痛いなどという、

初歩の初歩は、

あり得ないですが。

学生たちとの会話

昨夜は目が冴えて、

全く眠気をもよおさず、

朝まで、

文章を書いたり、

文献をよんだり、

はたまた、

思案に耽ったり。

私の時間は歯科医学のみで占められています。

私が歯科医師を将来の仕事として

決めた時期は、

最近の受験生からすれば非常識なほど遅く、

17歳の高校2年の正月前の頃でした。

当時の歯科医師は、

現在の飛散な状況とは全く逆であり、

歯科氷河どころか、

歯科パラダイスと云う信じられないでしょう。

歯科大学に入学イコール歯科医師国家試験は合格。

で、

初任給も100万円って云う時代だったのです。

ですから、

歯科大学は競争率が高かった。

医学部と変わらなかったと思います。

理系のエースが歯学部だった時代もあったのですよ。

私の歳の前後5~6年くらいの歯科医師は、

そういう時代を

青春期を過ごしたのです。

文系の私が歯学部への逆転ターンを試みた。

進路指導の教師が知ったら、

絶対に許さなかったでしょうね。

よく学生から聞かれるんです。

先生は、どうして歯科医師を志望したんですか?

と。

私は自宅付近の庵で過ごすことを

とても好んでいました。

学校をサボって、

庵の仏さまの前の畳の上で昼寝に興じたり、

寝そべって小説を読みふけったり、

たまに、

仏さまに向かった読経したり。

そんななか、

顔馴染みになった老婆の僧侶と一緒に読経した歳に、

締めのおりんを叩いた瞬間、

頸だけ振り返った僧侶が、

ポツリと。

ボク、歯医者になりや。

ポカンとマヌケな顔をした自分の顔が

見えるかのように覚えています。

私は文系ですから、

英語と国語は別として、

数学、生物、化学は1から始めなければなりません。

普通なら無理でしょう。

また、

私の実家は大商いしてました。

跡継ぎ息子ですから、

世間さま以上の暮らしを満喫していました。

歯医者になるなどと知られれば、

絶対に許してはくれぬわなと。

高い月謝はどうするんだとか。

正月前に思案しましたね。

私には好きな叔父がいました。

海軍兵学校卒業あと、

京都府立医大へと進み、

千葉大学で医学博士号を取得した経歴の叔父です。

骨董と自動車、そして女性を好み、

女性の方は新しいのを好んだようですが、

粋な大人の男の見本のような人でした。

情に深く、

世間体など何処吹く風ぞという人でした。

そういう叔父ですから、

私の親は勿論、

親戚一同から、

悪い見本のように、

何かしらあれば叔父の名前を口にしては、

あいつのようだと、

そんな風に扱われている叔父を

私は心から今でも尊敬しています。

オッちゃん、歯科へ行こうと思うんやけど?

人の身体を診る道は厳しいぞ!

行け!

ただ、

この二言だけでしたが、

もしもの際の月謝の担保ができたと云うことです。

勉強の方は、

キツくはなかったですね。

理系と言っても、

数学1,数学2Bは、

考えると云う部類ではなく、

解き方のパターンを覚えるだけでしょう?

生物、化学も、

同じです。

覚えれば解ける科目なんです。

私ら文系の暗記力は強いですよ。

本を開いて、

目の前に置き、

網膜に伝道する

カメラのシャッター.ボタンを押すかのように、

ページごと暗記くらいは、

朝飯前でしたから。

この時に、

気合いを入れて鍛えた暗記術は、

歯科医師になってからの

歯科辞典の暗記の際には、

大いに役立ったのです。

このような話しを、

学生たちにすると、

みんなが目を丸くしながら、

聞いています。

いいかい?

そもそも仕事と云うものに、

向き不向きと云うモノはないんだよ。

縁があって仕事の出会う訳だね。

チョコッとかじっては、

自分には向いてねぇやとか、

もっと自分には才能がある

そんな訳ねぇだろ。

才能がある人は、

既に10代で、

花開いてるわね。

昔と違って今は、

情報化時代だからね。

羽生結弦選手や、

あの高校生の将棋指しの彼。

なっ!

あういうのを才能があるって云うのさ。

我々は唯の凡人。

だから、

一生懸命に、

仕事の方へ、

自分を合わせるの。

先生、不安感はなかったですか?

阿呆か!在るに決まってるやないか!

だから。

不安感が鍛えに鍛えられて、

私はカトリックの道に

救いを求めたんだもの。

最後の最後まで、

不安感は消えませんよ。

だから祈る。

ここまでが、

私の今持ってる結論だわな。

 

今日も診療

祭日ですが、

今日も診療しています。

大学での仕事の影響を

患者さんにご迷惑おかけしないためです。

出張や勉強、執筆などで、

診療時間が減らないように、

診療終了時刻を延長し、

日曜の午後などの休日も

患者さんのご都合に合わせて診療しています。

全ては患者さんのために。

そう決めて、

私は信仰の道に入ったからです。

本当に歯で困った患者さんって、

多いんですよ。

仕事

大人になったんでしょう。

幼い頃から父親の仕事姿を見慣れている筈の息子ですが、

昨日、一昨日に

私の仕事の手伝いをしたあと、

突然、

父ちゃん、すまなかったと。

仕事に楽なことなど無いと云うことに

気づいたんでしょうか?

最後の患者さんは

インプラントの埋入手術でした。

私よりも、

一回り若い女性です。

常々、

歯だけに

一心不乱に取り組みますから、

絶対に上へ上へと

上手になりますように。

その代わりに、

寿命は75歳でお返ししますと、

神さまと約束している私の口癖からでしょう。

先生がそんな事を言うから、

後は、

晋太郎君、

良い歯医者さんになって下さいよと。

2日間の私と患者さんとの関わり合いから、

やはりDNAは恐いですね。

大学の医員たちに

常々、

気づいて欲しい肝を

馬鹿の見本で、

これは絶対に隔世遺伝だと、

嘆いていた愚息ですが、

大きくなったなと。

暑い盛りが続く毎日ですが、

家で、

息子と向かい合わせの

ジャックダニエルは

格別な味でした。

 

 

父息子

息子が突然、

夜も9時を回った頃に、

自宅に帰ってきました。

私のブログからの引越の記事を観て、

電話ではそのような会話をしてませんでしたので、

何事かと驚いての帰宅だったようです。

トランクスとTシャツ姿で、

大きなテーブルで書き物をしている私を観て、

父ちゃん、どうしたんや!

飯食ってないんじゃない!

眠ってないやろ?

ガリガリになって!

死ぬぞ!

今の私は鬼のように一筋で

仕事に没頭しています。

女家族には、

絶対に判らないでしょう。

何故、今、私が命をかけてまで

歯の仕事にぶつかって行ってるのかは。

仕事を中断し、

息子の話しを

ジャックダニエルを片手に、

ズッと聞いていました。

こういう時に、

私は自分の置かれた近況を一切

息子に言わなくなりました。

それは、

息子が大人の男になったからです。

私も息子も、

他人の悪口、噂など全く口にしなくなりました。

男同士は、

黙ってても判るモノです。

昔、

息子中学の頃、

ガラスが割れるほど、

血が流れるほどの、

殴り合いの喧嘩を

しばしばしました。

近所から、

警察を呼ばれた事もありました。

暴力はイケマセンが、

私は家族に対しては、

身体全体でぶつかってきました。

情熱です。

強い愛情があるからです。

息子は私の血を強く受け継いでいます。

そう信じて、

甘やかし、

一方で、

鉄拳で、

またある時からは、

黙って見守ってきました。

もう大丈夫のようです。

これから、

私には向かい風が吹き付けるでしょう。

でも、

若い時分から、

頭を下げて、

歯を食いしばって、

耐えて、

力をつける努力をしてきた経験があります。

私も大丈夫だと、

そう息子に伝えました。

 

患者さんとの関わり

随分と昔の話しですけど。

私の嫌がることばかり、

知ってて、

強行する人がいました。

私の欠点探しが、

生き甲斐のように、

新たに見つけては指摘し、

そうでない時には、

過去を掘り出して、

私を批判したり、

無視する態度採る人がいました。

仕事のように嫌がることばかりで

私を責めていました。

離れれば良かったのですが、

洗脳されていたのでしょう。

その人は、

私が離れることは絶対にないと云う

確かな確信があったのだと思います。

が、

その人にとっては普通のことでも、

私にとっては、

絶対に許せない地雷を、

そうとも知らず、

のうのうと踏んだのです。

私は一切の関わりを絶ちました。

思い出すことも、

ほとんどありません。

暴言と無視という

最強の暴力に耐えれた自分が不思議でなりません。

生きてゆくには、

それなりの苦労はつきまといますが、

して良い苦労と、

してはならない苦労があることも、

後から判りました。

今では、

穏やかに暮らしている自分の

その時の決断は正しかったと思います。

患者さんからの相談も多い仕事です。

私は昔話を交えて、

そんな会話から、

患者さんとの関わりを強めています。

大文字

京都からの患者さんとの一時。

もうすぐ送り火ですね。

そんな会話から、

なぜ大文字なんでしょう?

と問う私。

先生ね、

大という文字はね、

人が一筋に生ききるという意味合いでね。

一筋に生ききるとは、

仕事一筋に生きるということ。

私が此処まで

通ってきたのは、

あぁ、この方は生ききってはると、

そう感じて、

その成長を観てきた積もり。

そうです。

私は患者さんに成長させて頂きながら、

歯科医師人生を歩んでいます。