歯科医師 三枝尚登  VS  香川県弁護士会 所属  山口恭平

母が 旅立った 日 の 翌日。

午後から の 通夜 の 前

1月21日

午前11時30分 より

高松地方裁判所 法廷に おいて

香川県弁護士会 所属 弁護士 山口恭平 に 対して

私が 弁護士 山口恭平を 被告人として 起こした

民事損害賠償請求裁判 の 尋問が 行われ ました。

 

弁護士 山口恭平は あい法律事務所所属 で ありました

今回から

【おとな と こども みんな の みらい法律事務所】所属

と 変更し

なんと

高松市郊外 の 私 の 自宅から

徒歩5分 圏内 の レインボーロード沿い に

事務所 を 開設した 模様。

 

 

普通

弁護士事務所 は 裁判所近辺に 便宜上 開設する のが 常です

が。

 

法廷 では

いつもの ように

ノーネクタイ で 最上部 の ボタンを 外した ポロシャツ姿

出廷 して おりました。

 

裁判官 からの 反対尋問しますか?

の 問い に 対して

ありません

と だけ。

 

裁判官 の 閉廷宣言 の 言葉 と 同時に

ドアを 空けっ放し で 出て 行き ました。

 

私 と 私の 代理人弁護士 大阪弁護士会 所属 岸上英二弁護士

法廷出廷 での 服装 と 退出行動 に 苦笑い。

 

 

プロフッション と 云う 単語が あります。

 

プロフッション と プロフェッショナル

とは

意味が 全く 違います。

 

プロフェッション とは

神に誓い を たてる こと を 求められる 3業種だけ を 指します。

 

 

すなわち

宗教家   医師   弁護士  です。

 

旅立った 母 の 名誉の ため

私は

ヨロヨロ の 中

タクシー で 裁判所へと 向かいました。

 

無論

スーツ に ネクタイ着用 で です。

 

私は 徹底的 に 闘います。

 

わざわざ 私 の 自宅近辺に 事務所を 構えた こと に 対して

もうひとり の 被告人 と 共に

私に ストーカー する 積りか?

と。

 

私は 決して 負けません!

 

母の 初七日を 無事に 終えて

昨夜

母が 旅立った 時刻に 合せて

初七日 の 法要を 執り行いました。

 

 

お供え は

母 の 好物だった

黒蜜かりん糖  と  砂糖たっぷり の ドーナツ

そして

ハーゲンダッツ の チョコレートアイス。

(ただ、アイスは 直ぐに 家人が 食べちゃい ました が)

 

 

ゆらめく 香 の 向こう側

母 の 遺影が 微笑んで います。

 

 

もう

泣いて ばかり では イケマセンねっ!

 

 

幼い頃

私は しばしば

あなた の お祖父ちゃん は 大日本帝国陸軍将校

あなた  の 叔父ちゃん は 大日本帝国海軍将校

あなたは ニッポン男子

ベソ かく 度に

言われて いました。

 

 

無事に 母を 送りました。

 

 

さて

再び

闘い の 日々 に 戻ります かっ!

心 優しい 同志に 恵まれて

昨日 の 月曜日 と 今日

 

兵庫県川西市 の 畑矯正歯科 を 休ませて いただき ました。

立って いられない ほど

憔悴  狼狽 した 私 を 思って くださって。

 

 

診療 の 合間

畑矯正歯科 の サっちゃん ノリミちゃん

から

数回

電話が かかって きます。

 

 

先生  大丈夫?

思いっ切り  泣いたら  エエ ねん!

 

ウチ も 母と 散歩してて

母 の 歩調が 遅くなった のに

なんだか

哀しく なって

泣きそう なる もん!

 

お母さん って 大きい ん やと 思う わっ!

 

青年歯科医師たち

黙って

私 の 留守を 護って くれて ます。

 

男同志

師匠 の 泣く 姿 観ては ならない

また

私が ソレを 嫌う こと

判って いる よう です。

 

私の 就寝時間

彼ら は 知って います。

 

その後

毎日

彼ら は 自宅に 来て

オモシロかった 母 の 遺骨に 合掌 して くれて いる

家人 から 聞かされて。

 

 

速く  立ち直らなければ

 

 

日本歯科大学 歯科放射線講座 小椋教授

から

1言 メールが 入り ました。

【樫の木 は 倒れず】

 

友人 とは ありがたい もの。

小椋教授は 今時 珍しい 武士道

悟った 人物 です。

だから

業績 の 質 量 にも 顕れて います。

 

来週 の 畑矯正歯科 の 月曜日 火曜日 は

ほぼ  遊び  状態に して るん だ とか?

 

先生っ

診療所で  【たこ焼き パーティー】 する から

食べて 来たら

ダメ ですよっ!

 

私 を 元気 つけよう!

 

そんな 気持ち に

また

泣き虫 の 私。

 

先週 の 今日

母 は 旅立ち ました。

 

全て の 手続き は

歳 離れた 家人 が 行なって くれて ます。

 

外出先 から

と 云う より も

自宅から 出たら

ハンズフリー 操作 で ズット

私 に 声がけ して。

 

家人が

小さな ネックレス を 2つ

買って 帰り ました。

? ? ?

 

ハイっ!

お母さん  コレで  いつも 一緒ねっ!

 

母 の 遺骨が 入って ネックレス 2つ。

 

私 と 家人 の 2つ。

 

シッカリ者 の 家人に

私は

生涯  逆らえない と 思いました。

 

私は 今まで

死んだら  絶対に  死に顔  見せちゃ なんねぇ!

家人に 言い 聞かせて いました。

 

 

昨日

サっちゃん に

俺が 死んだ時

女房 頼む!

ソレと

お前ら

俺 の 死に顔 観て くれよぉ!

 

あたり前 です よぉ〜!

 

今週 の 木曜日

私は サっちゃん と 大阪で 所用が あります。

 

私が こんな です から

家人 の 運転で。

 

私らが  所用の 間

家人 は 京都 の 【知恩院】まで。

母 の 実家 成瀬家 の 菩提寺だから です。

 

終わったら

3人で

【今井】 で

夕食 食べて  と。

モチロン 母も 一緒 です。

 

私は 同志に 恵まれ ました。

 

不思議 な こと

私は

母  の 葬儀 を

自宅 に 連れて 帰り 執り行い ました。

 

 

お仏壇 の 前で 眠るように 横たわる 母。

 

私 は 超几帳面 な 性格 です。

歯科医師 と云う 仕事柄 から

そう なった のだと 思います。

 

冷蔵庫  フードストッカー

扉 を 開けると

食材が 一目瞭然で 整然と 保管して いなければ

気が 済まない 性格。

 

キッチンカウンター  脂汚れ  全く ありません。

キッチン シンク  洗面台

いつも  ピカピカ です。

 

この 分野は 家人 には させません。

 

ウォーキング クローゼット

モチロン  然り。

 

母 が ウチに 帰って きて

部屋着に

着替え よう と

私が

ウォーキング クローゼットに 入って

当然

引き戸 は キチンと 閉めて ます。

 

犬  猫  が  入ったら

衣類 に 毛が 付きます から。

 

 

日頃

家人が

少しでも  ドア の  隙間  気づいて いない

何ごとも  最後まで 確認して  キチンと ねっ!

 

ウォーキング クローゼット で 着替えて いる と

突然

引き戸 が 開いた の です!

ウチ の 引き戸

犬 猫 の 力では 絶対に 重くて 開けません。

 

あぁ

母が 観に 来たんだ と。

 

キチンカウンター 脇 に 小さな 母 の 【遺影】を 置きました。

家人 の 座る 真横 だから です。

 

今まで

こんな こと ありません でした。

 

猫が 好きで 好きで

母は

私が 小学校入学 前 に 拾った ネコ

ミイ子 の 名付けて

可愛がって いました。

ミイ子は は

私 が 大学4年 の 時

母 の 膝で 天に 召されました。

 

母 は ミイ子 の 写真

入棺時

枕元 に 置いて

ミイ子 は 母 の 顔を 見つめて。

 

そんな 母。

 

ミンミン の 居場所。

突然

ココに 代わった よう です。

 

 

 

 

 

 

母 と 家人

今年 の お正月

お節料理 に

甘党 の 家人 の ため に

金時豆 の こし餡

造って あげたら

 

 

思いの外

喜んで

 

 

コレで 白玉団子 が 食べたい

と 云う もの ですから

 

 

キッチンに 並んで

家人を 助手に

白玉団子 を 造って あげたら

ソレは ソレは

喜び ました。

 

 

 

何故 こんな   美味しい モノ を 食べない のか?

造る だけ の 私 に 問う 家人。

 

 

 

こんな もの  は

女   子供   の  食するモノ

思って いる 私は

ただ ただ 笑って   いる だけ。

 

 

金時豆 の こし餡

白玉団子

幼い頃

母が 台所で 造る のを

観て

ソワソワ していた

遠い 記憶を 辿って 造った モノ でした。

 

 

家人が

施設 に いる 母 に 持って 行って

一緒に 食べたい

と 云う のを

 

 

ばぁちゃん

喉 に つまらせて

正月から あの世に 行ったら どうすん ねん

たしなめ ました。

 

 

生前

母は

しばしば 私 に

 

 

ひとり で あの世に 行く のは

恐い から

一緒に 行こう よ!

と。

なんども

ソレだけは 勘弁して くれ よぉ〜。

 

 

そんな  思い出 を 抱えて

昨夜 から

 

 

家人 と 一緒に

金時豆 の こし餡 造り に 入りました。

 

 

今回 は

家人

レシピ を 覚えよう と

火加減

さじ加減

凝視 して います。

 

 

 

 

母の 遺骨を ウチに 連れて 帰って

から は

キッチンテーブル 横に

母 の 遺影を 置き

陰膳 する 家人。

 

 

珈琲   アイスクリームは 勿論。

ただ

お供え した 陰膳

最後は 家人 の 胃袋の 中へ。

 

 

昨日

 

 

患者さん から いただいた

横浜土産 の  月餅ロール を

早速

お仏壇 に お供え する 家人。

 

 

月餅ロール を まな板 の 上で 切り

端っこ を

何故か?

お供え する 前 に

食する 家人。

 

 

 

お母さん 食べてる かな?

 

 

食いしん坊 やから 速攻で 食べてる でっ。

 

 

 

 

あのなっ

おふくろ が 俺が ちっちゃい時 言うて たん や!

お仏壇 に お供え した 饅頭 食べたら

味が しなくて 美味しく なかった

から

仏さん って 食いしん坊 なのっ!

 

 

そんな 話し を

以前

家人 に 確かに した 私。

 

 

 

ふと

振り返り

お仏壇 前で

いつもより 長く 座って いる 家人。

 

 

なんとも  仏さま  を 慈しんで  くれて  るん だ!

感心 して いた 私。

 

 

しばらく して

家人

輝く ような 表情 で

 

 

本当だった!

 

 

? ? ?

 

 

なんでも

お供え した 月餅ロール

ちょっと お相伴。

 

 

試食 した モノ と  お供えした モノ。

お供え した 月餅ロールは

味が 消えて いた そうなっ!

 

 

なんだ

えらく 長い間

お仏壇 前に 座って いる

思って いたら

月餅ロール を 食べて いた 様子。

 

 

ただ

家人的 には

仏さま が 本当に お供えを 食べる こと

確信 した よう で

 

 

ソレで

金時豆 の 白玉団子 を 私に 造って

お母さん に 食べさせて

相成った 次第。

 

 

猫好き だった  母。

テーブル の 上の 母 の 遺影 の 前に

ミンミン が 横たわる ように なりました。

 

幸せ  な 母。

 

 

 

男は ダメ だねっ!

今朝 から

次々と

ブログを ご覧に なった ので しょう。

 

患者さん や メーカーの方々  知人から

お悔やみ を いただきます。

 

ありがとうございます。

 

私は みんな に 報せなくて

本当に 良かった

つくづく 思いました。

 

畑矯正歯科 の サっちゃん ノリミちゃん

私も 男です から

アレでも

辛うじて  もちこたえて いたの です

恥ずかしい 姿 を 観られて しまいました。

 

火葬場 では

もう 立てません でした。

 

恥ずかし ながら

火葬 の スイッチを 押す 部屋 へは

担当 の 職員の方

見かねた のでしょう!

 

本当は お一人しか 入れない の です

奥さま も ご一緒 に

武士の情 を かけて いただき ました。

 

御棺 を 炉から 取り出す 際

私は

固まって しまい

コレも

家人 が 母を お迎えに 行って くれました。

 

遺骨を 前に

私は

ハンカチ では なく

タオル で 顔を 覆い

卒倒し そうに なりました。

 

骨壺に 遺骨を 入れる 際

職員 の 方 と 家人 が。

 

遺骨を 膝に抱き

家人 の 運転する 車の 助手席に のり

呆然 と。

 

自宅で

初七日 の 法要が 執り行われました

準備は

家人が 着々と。

 

母  の 私物が

私らが  買い求めた 衣類 以外 は

全て

私 の 幼い頃 の 写真だけ。

 

コレに 私は 完全に ノックダウン した の です。

 

晩年 の 母 の 口癖

【なには ともあれ】

でした

娘 の 中学の 同級生で あった 家人。

 

なには ともあれ

終わり 良ければ 全て 良し

と 言います

この 家人に

母は 本当に 大切に され

通夜  葬儀 から

なにから なにまで

オロつき  うろたえ  泣く しか 能が なかった 私の補佐

全て  取り仕切り

私 の 腕を 抱えて。

 

思い起こせば

先の 大戦の 際

特攻隊 の 兵士が

お母さん と 叫んで 敵艦に 突っ込んだ 意味

しみじみ  判ります。

 

いくら 頑張っても

最後は

母親 には 勝てません

諸般全般

女性は 強い と。

母 逝く

昨日

1月20日  午後8時半 過ぎに

母は 旅立ち ました。

 

 

危篤 でした

兵庫県川西市 の 畑矯正歯科 へは

通常通り

行って いました。

母が

ソレを 望むと 思って いました から。

 

急報が 入り

母が

私を 待って

頑張って いる との 報が 看護師さん から 入り

畑矯正歯科 みんな の 後押し で

高松市 へと。

 

途中

お母さん 限界に 来て います!

息子さん の 来る のを 待って 頑張っています!

 

なんども なんども 報告が 入ります。

 

 

私には  確信が  ありました。

 

母は 私が 掌を 握る まで

必ず 待って いる と。

 

施設に 飛び込んで

 

家人 が 泣きじゃくり

母 の 掌を 握って

お母さん  お母さん

大声で 声がけ して います。

 

代わって

私が 掌を ギュッと 握り しめ ました。

 

今まで  ありがとうございました。

産んで くれて ありがとうございました。

 

 

声 かけ しました。

 

母 の 瞳から 涙が 流れ ました。

意識 無い のに。

 

しばらく して 息を 引き取り ました。

 

息を 引き取る 直前に

息子が 嫁 と 赤ん坊 を 連れて

飛び込んで きました。

 

でも

私は 母の 掌を 息子には 渡しません でした。

 

母が 1番 大切だった のは

私だと 自負して いた からです。

 

施設 の 職員の 方々

訪問看護師 の 方々

ご尽力 にて

私は 母 の 今際の 際に 間に合い ました。

 

心より

御礼 申し上げます。

 

母 を 自宅へと 連れて 帰り ました。

 

母 の 脇 で

家人 と 共に

眠り ました。

 

波瀾万丈 の 生涯を 閉じた 母です。

 

その 息子たる 私 の 人生も

同じく

波瀾万丈 です。

 

コレから

母が 私を 包み 護って くれる でしょう。

 

葬儀は  私  家人  孫 と 曾孫

静かに 送り出そう と。

 

私 の 脳裏に 残って いる 母 です。

 

 

職人 の 【心がけ】

歯 の 欠損部分 の 歯槽骨

大きく 陥没 して います。

 

 

この 角度なら 判り やすい ですか?

 

 

 

 

陥没部分 に バイオス を 積層 して

正常な 歯槽骨形態を 整えて

白い のは

バイオメンブレン です。

 

 

予め

裏側 の 粘膜 と 骨 の 間 に はさみ込み

バイオス を 積層 して から

パタン と 幕を 閉じて

バイオス を カバー します。

 

 

約10ヶ月 ほど で

綺麗な 形態の 歯槽骨 に 回復 して いるで しょう。

そのあと

インプラント の 埋入手術 です。

 

 

歯科治療は 確実な 環境整備 が 大切です。

決して

急いでは なりません。

 

 

手術 の あと

青年歯科医師たち

 

先生

お母さん の こと 心配に ならない ん ですか?

 

 

私は 治療中

完全 に いっさい を 忘却できる

便利な 性格 です。

 

 

ただ

縫合 終わって

 

 

ばぁちゃん

大丈夫か?

 

 

ふと

頭を 過ぎり ます。

 

 

私が 歯科医師に なった こと

遠くで

母が 喜んで いたに 違いありません。

 

 

だからこそ

プロに 徹しなければ と。

 

 

私は 歯科医学を 通じて

多くの 大切な モノ

学ばせて いただき ました。

 

 

指先 酷使する 仕事です。

 

 

帰宅 してから

家人 に 指先の 手当を。

保湿 と 消炎 クリームで

指先 を 保護 し

床に 就きます。

 

 

心がけ

日頃 の 備え。

ソレが

プロだと 思って ます。

本当の 弟子

診療所 に 出勤する

青年歯科医師たち

眼を 真っ赤 に して

 

 

先生

スミマセン

ボクら

勝手に 先生 の 患者さん に 電話しました。

 

 

3時半 から 5時まで の ◯◯さん

先生 の お母さん の 状況 説明して

診療

ボクら で 対応させて ください

お願い しました。

 

 

5時 から の 患者さんは

ボクら では 無理です

から

先生

1時間半

時間 の 余裕 あります。

お母さん の ところ

行って ください!

勝手して スミマセン!

 

 

絶句 しました。

 

 

昨年 の 母 の 誕生日。

みんな で フレンチに 出かけて お祝い しました。

 

 

時々

彼ら

施設へと 行って くれて いる こと

知って ました。

 

 

母は

彼ら を

孫と 思って

私 の 悪口 言って

彼ら を 面白がらせて いた よう でした。

 

 

◯◯さん

君ら で イイって?

 

 

先生 ところ で 2年

辛抱 デキて 感心 して いたのっ!

って

褒められ ました。

(ナルホド ナルホド)

 

 

診療させて もらえて 良かった なっ!

みんな

キチン と 観て くれて るん や なっ!

でも

ありがと なっ!

 

 

彼ら の 目頭 だけ じゃ なく

私 の 方が

胸が 熱く なりました。

 

 

そんな 朝

私は いつもの ように。

 

 

 

 

普段

人懐っこい フリ して います

私は 人前では

演技 して

自分を 見せて います。

ほぼ

本心

深層心理 は 見せません

言いません。

 

 

 

ココまで は 言う けど

ココから は 言わない

とか

 

 

 

人物 を 観て

物指し を 引いて います。

ソレが 男だと 思って ます から。

 

 

成長 した なぁ〜!

歯科医師 と して より も

人 と して

奥深い 深層心理

判って きた よう です。

 

 

この 2年

私は 彼らに 体当たり して 接して きました。

間違って いなかった よう です。

 

 

私は

兵庫県川西市 の 畑矯正歯科の 副院長を 兼務して います。

 

 

歯科衛生士 の サっちゃん と ノリミちゃん

この 半年

正に 体当たり で 接して います。

 

 

ですから

彼女たち が 私の こと で 知らない こと は ありません。

 

 

なぜ

そう云う 接し方 デキた のか?

 

 

ソレは

彼女たち の 人としての 深さ が 直感的に

判った から でした。

 

 

今では

おそらく

(本当は 絶対)

畑先生 より 私 との 絆 の 方が 強い と 思って ます。

 

 

医療職 は 患者さん に 寄り添う 者

 

 

そのこと

彼ら  彼女たち の 血 と 肉に なって 欲しい

と。

 

 

母 92歳  息子 62歳

一昨日

診療所 に 手伝い に 来た

家人 が

狼狽 し

私に 携帯電話を 代わり ました。

 

 

施設で 穏やかに 暮らす 母

主治医 である 榊原医師 からの 電話でした。

 

 

 

お母様 の 容態が 急変しました。

意識レベル が ありません。

酸素濃度も 低下し

吐血 しました。

救急搬送 しましょう か?

 

 

 

つい 2日前

施設で

私 家人 と

和やか に アイスクリーム

食べながら

笑わせて くれた 母 です。

 

 

ただ

その日 が 近い こと

判って いました。

医療職って  ツライ です。

 

 

私は 家人に 常々 言い 聞かせて います。

 

 

俺が 倒れたら

絶対に 救急車を 呼んでは なんねぇ!

管だらけ に される のは

絶対に イヤだ から なっ!

家で

診療所で

逝かせて くれぃ!

葬儀は

お前だけ で。

決して

俺の 死に顔

誰にも 見せちゃ なんねぇ!

イメージ 狂う から よぉ!

ただ

骨折なんか は 別です!

 

 

そう云う 流儀の 私 です

かつて は 高潔で プライド高かった 母 です。

おそらく

私 と 同じ 考えだ と。

 

 

榊原医師 には

 

 

先生

絶対 に 痛がら ない ように

絶対 に 苦しまない ように

お願い致します

と。

 

 

榊原医師の 専門は 麻酔医 です。

その あたりは 間違い ない と 確信して います。

 

 

その日 は

午後7時から  手術が 入って いました。

医療職 の 患者さん の 治療に

私は

時刻 に どうの こうの

と 云う ルールを 適応 しません。

 

 

みなさん

日中は 診療で てんてこ舞い です から。

 

 

手術が 終わり

帰宅した のは 午後11時。

施設 の 夜勤スタッフの 方に ご迷惑を おかけ する

ので

母 の 顔を 観る ことは できません でした。

 

 

昨日

出勤前に

家人 と 施設へと 向かい ました。

 

 

看護師さん が 付き添って います。

 

 

状況を 報せて いただき

 

 

先生

点滴 いかが いたします か?

 

 

不要です。

ただ

ただ

アイスクリームを 口に もって いって やって ください。

ソレで 十分です。

 

 

母は 昏睡状態 でした。

 

 

私は 母の 頬を 掌で 撫でました。

母 の 掌を

私 の 掌で 包みこみ ました。

 

 

ばぁちゃん

頑張れ!

 

 

ソレだけ しか

言葉が 見つかり ません。

 

 

母 の 瞼が 動き

私 の 掌を

確かに

最後の 力 で しょう。

確かに

握り 返して きます。

 

 

ばぁちゃん

俺は

患者さん が 待ってる から

歯医者 ヤッて くる よ!

また

来るから!

 

 

ソコまで が

私 の 限界でした。

 

 

男 の 涙

見せられ ません!

 

 

診療所 で 朝1番 から

手術 を 執刀しました。

 

 

祈りの 手術だった と 思います。

良い 歯医者 の 見せどころ

気合い を 入れて。

 

 

家人 から

母 の 状況が 報せて くれて

その 1日

院長室 の 観音さま の お線香 絶やさず

真言宗 の お経 の CDを 絶やさず

診療 して いました。

 

 

施設へは 行けません でした。

遅い 時刻だから です。

 

 

私は

母が 命と 戦って いる

とは

思って いません。

 

 

人 が 穏やかに

天 へと 旅立つ 準備に 入った の だと。

 

 

母を 引き取って 6年に なります。

施設 に 入居した 際

訪問歯科 の 診察が あった ようでした。

 

 

その際

 

 

歯科医師 の 手 を

おそらく

ミラーを 口腔内に 入れた 瞬間 なの でしょう。

 

 

母は

その手 を 振り払い

 

 

あなた の 手は アライ!

 

 

拒絶した よう でした。

 

 

その先生

気が 悪い でしょう ね!

 

 

施設 の スタッフが

三枝先生 の お母様 です

言った ら

 

 

ソレなら

ボクら の 出る幕は ありません。

 

 

そんな 母 でした。

 

 

私が 33歳の 頃

母 の 骨盤から 骨を 採取して

歯槽骨 に 移植し

インプラントを 埋入しました。

 

 

ですから

母 の 歯は 全て インプラント治療です。

 

 

数年前から

母は 自分に 歯が 無い ことを 知りません。

 

 

私は 歯が 良いから なんでも 美味しい のっ!

 

 

どう?

患者さん は 多い?

商売繁盛 してる?

あなた は 手先が 器用 だから。

 

 

適当 に 相づち うって 聞いて いました

私は 知って いました。

 

 

私が 母の 自慢の 息子で ある と。

 

 

 

もう 10年 以上 前 だった と 思います。

 

 

縁が 薄かった 母 です

なにかで

私 の 車に 乗せた 時

 

 

産まれて きて くれて ありがとう

突然 言われて

動揺 した こと

頭 に 焼きついて いました。

 

 

時は 刻々と 近づいて います。

私は 歯科治療に 専念します。