今朝 から
次々と
ブログを ご覧に なった ので しょう。
患者さん や メーカーの方々 知人から
お悔やみ を いただきます。
ありがとうございます。
私は みんな に 報せなくて
本当に 良かった
と
つくづく 思いました。
畑矯正歯科 の サっちゃん ノリミちゃん
私も 男です から
アレでも
辛うじて もちこたえて いたの です
が
恥ずかしい 姿 を 観られて しまいました。
火葬場 では
もう 立てません でした。
恥ずかし ながら
火葬 の スイッチを 押す 部屋 へは
担当 の 職員の方
見かねた のでしょう!
本当は お一人しか 入れない の です
が
奥さま も ご一緒 に
と
武士の情 を かけて いただき ました。
御棺 を 炉から 取り出す 際
私は
固まって しまい
コレも
家人 が 母を お迎えに 行って くれました。
遺骨を 前に
私は
ハンカチ では なく
タオル で 顔を 覆い
卒倒し そうに なりました。
骨壺に 遺骨を 入れる 際
職員 の 方 と 家人 が。
遺骨を 膝に抱き
家人 の 運転する 車の 助手席に のり
呆然 と。
自宅で
初七日 の 法要が 執り行われました
が
準備は
家人が 着々と。
母 の 私物が
私らが 買い求めた 衣類 以外 は
全て
私 の 幼い頃 の 写真だけ。
コレに 私は 完全に ノックダウン した の です。
晩年 の 母 の 口癖
が
【なには ともあれ】
でした
が
娘 の 中学の 同級生で あった 家人。
なには ともあれ
終わり 良ければ 全て 良し
と 言います
が
この 家人に
母は 本当に 大切に され
通夜 葬儀 から
なにから なにまで
オロつき うろたえ 泣く しか 能が なかった 私の補佐
を
全て 取り仕切り
私 の 腕を 抱えて。
思い起こせば
先の 大戦の 際
特攻隊 の 兵士が
お母さん と 叫んで 敵艦に 突っ込んだ 意味
しみじみ 判ります。
いくら 頑張っても
最後は
母親 には 勝てません
し
諸般全般
女性は 強い と。
