ある 人物との 縁を 閉ざし
母 を 引き取り
加えて
私の 留守中に 無断侵入者が 診療所の
さまざまな
コンピューター の データー を 消去。
それを 契機に
さまざま な トラブルに 遭遇 した 私の 近況。
ただ、
私 の【ど心臓】は ビクとも しない し、
日常も 多くの 三枝ファン の 温かい ご支援 ご協力 にて
私の 日常は いたって 平常で 粛々 と。
【本当に歯で困った患者さん】は 多く
その 手当て に 専念する 毎日を 過ごして いました。
それが
その 無断侵入者の 意に 反した のか?
卑劣なる 仕掛け を
未だ 継続しようと する 気配を 感じて いました。
アホ やなっ!
程度 にしか 考えて いなかった
そんな 私を 案じ、
母の 縁者は 此処に
私 の 援助に 集結 したのです。
ホテル経営者 百貨店経営者 鉄道経営者 船舶運航会社経営者 などなど
さまざま な ジャンルにおいて
頂点を 極めた
大きな 影響力 ある 母 の 縁者たち。
私は その好意に 甘える 決意を 固めた のです。
私は カトリック教会の 信者ですから
紛争 争い は 好みません。
が、
蛇 の ような 執念で
姑息 卑怯 なる 振る舞いに
最早
私 は 勿論の 事ながら
母を 通じて
親類縁者 の
我慢 の 糸が 切れた のです。
北朝鮮 中国 ロシア との 外交 と 同じで
物指し が 違い 過ぎて
しがない 歯科医師の 私では なす術 も ありません。
そんな 私を 見かねたのでしょう。
昨日は 休診を 頂いて
母方の ファミリーの 元へと 大阪市まで 出向いた のです。
この戦
もう 私の手から 離れ ました。
尚登君! 君は 仕事に 専念せぃ!
あと は 小夜子さん を 頼むわなっ!
君は 好英君 と 同じで お人好し 過ぎる からなっ!
好英 というのは 婦人科医であった 母 の 兄
私の 尊敬する 叔父 です。
その夕刻
私は 叔父が 初めて 医院を 構えた
東二見 へと
急に
出掛け たく なりました。
叔父は その後
西明石へと 移転 したの ですが
小学生の 夏休み などの
長期休暇 の 際は
未だ 山陽新幹線の 線路が 田んぼ の 向こう側に 建設中で あった のを
大好きな 叔父の 医院に 泊まりこんで
過ごして いた 私は
その 光景が 未だに 瞼に 焼き付いて います。
移転の 際に
その医院は
他の 婦人科医に 売却した 叔父も
東二見が 俺の原点なんや!
と 懐かしそうに 言って いたのを 思い出した からです。
あの 田んぼ 独特の 匂いの 田舎街。
全く 様変わり して 都会へと。
あぁ 時代の 移り変わり を 感じざるを 得ない の でした。
叔父の 最初の 医院が 在った 処には
白い マンションが 建ち、
看護婦療 の 在った 場所に
後を 引き継いだ 先生も
恐らく 代替わり したのでしょう?
産科 の ない
婦人科のみ の 綺麗な クリニックに 変わって いました。
目に 見える 光景の 向こう側に
それでも
私の 瞼には 当時の 産婦人科医院 が 見える のでした。
急に
帰りたく なくなり ました。
で、
叔父が 移転した 西明石まで 戻り
夜中 の 3時に 出発すれば
余裕で
今日の 診療に 間に合う と 思い立ち
叔父の ついの 仕事場と なった クリニック 近くの ホテルで
骨休め したのです。
西明石も 懐かしい 処です。
大変換を 遂げた この街を
ゆっくり と 散策し
小さな 小料理屋へと。
明石 の【穴子】の 白焼き。
良い 店 でした。