日別アーカイブ: 2018年6月9日

人と人との関わり

決して信じてくれないでしょうが。

診療所の患者さんのトイレの掃除は、

院長たる私がします。

お一人、トイレをお使いになったと気づいたら、

あるいは、

診察の合間でチョッと一服の前に、

患者さんのトイレに入ります。

手洗いの跳ねた水の乾いた痕跡を拭き、

便器も素手で雑巾で磨きます。

何故って。

患者さんに気持ち良く、

診療所で過ごして欲しいからです。

スタッフで、

真似してくれた人は、

今回新しく加わった人だけでした。

技術と云うものは、

私の診療所に居れば、

必ず身につけることが出来ます。

が、

患者さんへの労り、感謝の気持ちは、

教えて教わる類いのモノではありません。

その人の持つ生まれ持った感情なり、

成長する過程での、

育った環境の賜物です。

これも一種の才能だと思います。

私は自分の流儀を、

他人に強制しません。

逆に、

依頼される機会は多いのです。

大概の場合は、

よっしゃ!よっしゃ!

と、受け入れてしまいます。

ですから、

診療所に居るだけの私の処には、

大勢の方がお越しになられますし、

多くの情報も、

座ったままで入ってきます。

家族は、

そんな私を、

脇が甘いとか、

なんでもかんでも抱え込むと、

お人好し程度に呆れているようです。

でも、

私の方では判ってるんですよ。

運のある人と、

そうでない人の違いが。

また、

義理人情の厚い人と、

自分のことだけの人。

そのハンドリングは、

私は自信があるんです。

自分だけが大事な人は、

私だけに依頼するだけでは不安ですから、

アチコチに保険をかけるのが常のようです。

その過程で、

自分の都合の良い方を、

後先考えズに、

相手を代えてゆきますから、

自然と私との縁は消える訳です。

ですから、

私の周囲は、

絶対安心のある人だけに。

患者さんの診察も同じです。

全てがご自身の思うままに。

これでは病気は治りません。

私の患者さんの口腔がとても良好な状態を保っているのは、

患者さんの協力の賜物です。

人と人との関わりと、

治療は同じようなモノだと思います。

三枝デンタルオフィスのシステム、そして私の右手

歯医者へは、

痛い時に、

飛び込む処。

私は、

この手の診療スタイルは採用していません。

歯科医師飽和状態の昨今ですから、

何処の歯科医院でも、

喜んで、

受け付けて下さるでしょうからご心配要りません。

私は相性を大切に思っています。

歯を通じて生涯の付き合いになれる方。

歯を本当に大切に感じて下さる方。

治療を通じて、

人と人との交わりが生まれ、

患者さんの人生が豊かになって下さるように、

毎日を祈りを捧げています。

私は歯の便利屋ではありませんし、

歯の商人でもありません。

治療費用を私が頂くことから、

払っている側の論理を前面に出す方も

ごくごくたまたま居られます。

またインターネット仕込みの知識で、

自己診断からの治療方法までご指摘される方も、

これもごくごくたまたまに。

私は素人でも、乞食ではありません。

歯のプロフェッショナルです。

私の右手は、

本当に私を必要として下さる方のためだけに。

 

継続

随分と久しぶり、

恐らく30年ぶりではないでしょうか?

大学時代の1年上の先輩と

電話にて雑談する機会がありました。

その際に、

三枝、お前のブログの更新の頻度、

凄いな!

エネルギー要るだろ?

意外な気持ちになりました。

習慣化すれば、

エネルギーは要りません。

大した才能も無い私が、

縁があって、

歯科医学の道に入りました。

私は、この縁を大切にしてきました。

多くの挫折や敗北感を味わうことも

長い人生ですから、

1度や2度ではありません。

ただただ、

歯科医学にだけは、

しがみついていました。

継続することが

とても大切だと、

直感で感じていたからです。

治療においても、

この直感を1番大切に思っています。

何十年と、

歯科医学一筋で経験を積んできた訳ですから。

継続し続けて、

初めて、

直感と云う確かな根拠が生まれるんですよ。

ただ継続するためには、

大きくエネルギーは必要です。

そのエネルギーの素は何か?

私の場合は、

恐がり性分で気の小ささだと気づいています。

ですから、

日々を、

規則正しく、

しかし、

好奇心からの冒険を楽しみ、

一見矛盾しているかもしれませんが、

人生1度きりと云うことを

大前提に。

大勢の歯科医師から、

成功者のように言われますが、

私には実感がありません。

何故なら、

まだまだ歯科医学の道は、

半ばにも至っていませんから。