本当の私


若い時分には苦労などからは程遠い

阿呆からすの好き放題、

ストレスなど無関係な私でしたから、

顔に顕れ出るんでしょうね。

ノビノビとした表情。

商家の放蕩息子のボンボンの象徴のような

今時の若者に無い良い顔だったと、

その頃の私の写真を観て、

他人事のように思うのです。

以前にも触れましたが、

大昔、

さるうどん屋にて、

店のおばちゃんから世良公則と間違えられ、

違う違うと云う前に

色紙とマジックペンを

差し出されたモノですから、

チョッとイタズラ心がムクムクと顔をもたげ、

【燃えろいい女  世良公則】

と、サラリと認め、

あぁ神様!

贋の色紙を仰ぐように受けとるおばちゃん。

後から申し訳ないと思い、

後日、外の暖簾の陰からソッと

店内を覗いてみたら、

壁の真ん中の輝く私の作品に、

驚き飛んで帰ってきた事が在りました。

イタズラ坊主で、

今なら到底、

歯科医師にはなれなかったと確信しています。

でも言い訳ですが、

いっぱい勉強はしてました。

私は歯科医学に既に魅了されてましたので。

朝、

鏡で自分の顔を観て、

悲しい気持ちになります。

年をとったモノだと。

先刻、お昼を摂ろうと、

診療所まえの通りを

コートのポケットに手を入れて歩いていたら、

診療が終わったばかりの母上を

お迎えに来られたご令嬢に気づき、

軽く会釈でという事が在りました。

そんな事はスッカリ忘れていたら、

再び治療にお越しになられた

その母上から、

「 先生、この間、娘と会ったでしょう?」

「 娘が、先生は良い年の経り方して渋いって」

私ですか?

表面上では、

無言でニコッととだけ。

心内では、

それはそれで嬉しいに決まってるじゃないですか。

渋いって、

二谷英明の路線の事だろうか?

俺が高倉健の路線って事は無いだろうし。

などとクダラナイ事を思案しながら、

母上患者さんがお帰りになる際に、

ご令嬢の土産として【歯ブラシ】を

スタッフの宮田君に指示したのです。

大人気ない私の行動パターンを

宮田君は既に承知の介のようです。

指示する前に、

準備してました。

歯科業界では強面の私だそうです。

が、

本当の私は、

患者さんに接しているままなのです。