学生街の喫茶店と云う名の唄がありました。
ウチの大学の近くにも、今では店仕舞いして仕舞いましたが、トアル喫茶店がありました。
授業をサボってよく此の店に出入りしていたのは、当然中の当然の私です。
歳が十ほど離れたマスターから聞く大人の世界に、目を白黒させて大人の男に憧れたものです。
店を早めに終らせて、マスターはよく私を引き連れて近くの焼き鳥屋へと誘ってくれました。
汚ない店を、オバチャン二人が商いしており、いつも禿げ上がった親父がカウンターで早くから出来上がっているのを不思議気に観ていた自分の表情が懐かしいです。
ある時にマスターが私にそっと耳打ちしました。
出来上がっている親父は所謂元知識階級であった事。
定年退色して得た小金で、この店を開いた事。
店を仕切っていると云うよりも、二人で商いしている此のオバチャンは、
一人がこの親父のカミサンで、もう一人がこの親父のアレであるとの事。
ご両人には、其々にこの親父との間に子供を設けており、
なんと其れも、同年齢である事。
私は、手に持つ串を想わず目を突きそうになる程に驚いて、
この禿げ上がったる親父の何処にその様な魅力があるのかと
頚が一周する位に不思議がり、
親父のタフさと、
手捌きの凄さに感心を通り越して、尊敬の念を抱き、
以来、私はこの親父に対して敬語と最敬礼をもって接するようになりました。
今では店仕舞いしてしまったと信じ込んでいた矢先に、
先日、マスターからの電話に、突然懐かしい声が!
ー いんやいんや三枝君!元気だってね! ー
焼き鳥屋のオバチャンならぬバアサンの声でした。
親父はとっくの昔に亡くなって、残ったお二人で店の商いは続けていたようですが、
親父の奥方の方が病がちになって、
もう片方のオバチャンが、介抱しながら時折店を開けているとの事でした。
ー 三枝君、いつ来るっけね?待ってるよ! ー
バアサンからの待ってるよ!は少々キツいものがありますが、
最近の見かけ倒しのエセ焼き鳥屋とは此処は違います。
パリパリの塩の鳥皮と唐揚げは、私の舌に今でもその味を遺させています。
ウチの大学の岡先生を食事にお誘いした序でに、岡先生の奥方も御一緒にとお声がけしたる私です。
頭の中で、新潟芸者のいる処でもとアレコレ思案していた私の頭の中は、スッカリこの店に!
バアサンが生きているうちに行かねばならぬ!
情のある人を岡先生に見せてヤらねばならぬ!
と、岡先生の奥方様には汚ない店で申し訳ないが、
芸者は次だと、
ワクワクする期待に待ち遠しい、モドカシイと熱くなる私です。