カテゴリー別アーカイブ: ただの日記

メンテナンスの重要性

先に投稿したブログの症例についてのご質問を多く頂きました。

11年前に前歯にインプラント治療を行った症例です。

隣の歯と不揃いになっているのでは?

と云うご質問です。

良い質問だと思います。

では、

下の前歯も観て下さい。

歯列矯正を行ったにも関わらず、

ガタガタに並んでいるでしょう?

よく噛めるようになると、

上下の歯がシッカリと噛み合います。

気を付けてチェックしていないと、

上下の歯の噛み合う部分に摩耗が生じます。

それだけではありません。

並んだ歯同士が接触する部分も摩耗するのです。

今から50年ほど前に出版された口腔病理学の著書にも、

隣あった歯の接触点は経年的に摩耗し、

歯は徐々に前へ前へと移動する、

と記述されています。

ただし、

摩耗に伴って歯は挺出 ( 伸びる ) するので、

摩耗による歯並びの異常を自然に保障しているのです。

人の身体は本当によく出来ているのです。

で、

ここで矯正治療やインプラント治療、

果てはセラミック修復などの治療が行われると、

自然の摂理と不揃いが生じます。

人の老化による変化と、

歯科治療の間のアンバランスを、

注意深くチェックし、

上手く共存できるようにと、

その時々に調整が必要になってきます。

その調整が大切なのです。

この辺りも歯科医師の腕の見せ処と言って良いでしょう。

この患者さんは治療の後の調整を行っていません。

インプラントは全く移動しない訳ですから、

それ以外の歯が11年の間に、

目に観えるだけ動いたと云うことになります。

下の前歯などは、

隣あった接触点の摩耗が少ないので、

綺麗に並ばず、

ガタガタになってしまったのです。

下の前歯の歯並びが変化したことで、

インプラントの隣の歯が挺出し、

見た目で不揃いになってしまった訳です。

調整後のメンテナンスの重要性がここに在ります。

治療が終わりますと、

患者さんはとかく安心し、

治療後のメンテナンスを怠りがちになる傾向が在ります。

治療の期間中に、

アレコレ手を変へ、

メンテナンスの重要性を認識して頂くことに努めていますが、

長年の患者さんとの関わりあいから、

キチンと自らの意思でメンテナンスにお越しになられる方と、

そうでない方が明確に別れてきます。

そうでない方に対しての方略に、

私は秘かに心を悩ます訳です。

歯を大切に思って下さいと、

シツコイ位に、

患者さんに訴え続けて毎日を過ごしているのが現状です。

誠実さ

正に美人薄命と云う言葉を思い出す

市川海老蔵氏の妻君の死は、

遺された言葉などから、

美しさは外観だけに留まらず、

聡明で、

心の隅々に至るまで純真と云う言葉でしか

言い表しようのない、

大和撫子の鏡のような方と。

本当に惜しい人をなくしました。

心からご冥福をお祈り申し上げます。

昨夜からの繰り返される報道に、

目頭を拭い、

鼻水をすすりながら、

今朝は目頭が腫れぼったくなっていたように思います。

繰り返し、

心からご冥福をお祈り申し上げるとともに、

その衝撃的な報道の前日の、

これまた衝撃的な報道の主と、

同じ女性だとは到底思えないのです。

可憐な花と、

山野のいばらのような外観の違いもさることながら、

お召し物についても、

清楚な佇まい VS 目をひんむくような桃色三昧。

で、

発する言葉の大きな違い。

ハシタナイを通り越して、

呆れ果てたのです。

代議士の能力は政治力の有無が一番大切なのですが。

人の傷みも判らない人には、

人のための政策など立案できないでしょうし、

大勢の人を統率できる筈もありません。

聞けば、

相当に優秀なる偏差値をお持ちの方のようですが、

女性として、

人としての資質を大きく欠けた人だと。

このことをキッカケとして、

ご自身を見つめ治され、

これからは人のために尽くすと云う政治家本来の姿に

是非変わって頂きたいと思います。

試練とされ、

良い方向へと変わられますように、

そんな風に思います。

すると、

優しい表情になると思いますよ。

で、

先ほど、

先日から懸念であった女性患者さんへの

私の診断と今後の治療方向についての説明を終えました。

お気持ちを察すると、

可哀想で、可哀想でなりませんでした。

歯科の不信者になっては欲しくありません。

誠心誠意、

丁寧に、丁寧にと、

心を込めて、

治療を通じて、

歯の大切さを判って頂きたいと思います。

 

私の師匠

師匠である内藤正裕先生が主宰する歯科の勉強会である【くれない塾】が

この9月で50期を迎えます。

これは大変な偉業です。

昨日、飛行機のチケットとホテルの手配をしながら、

青春期に受講した際の記憶が甦ってきました。

あれから数十年も経ちました。

先生は益々お元気で、

相変わらず情熱の塊のようで、

少年のような表情でいらっしゃる。

ただ、

頭の毛の方は随分と寂しくなりましたが。

私は、

相変わらず不肖の弟子のまま。

負けないのは髪の毛だけと云う情けない始末です。

内藤先生の存在があったから、

私はここまで来れたのだと思います。

先生の一言一句をノートに速記し、

宿で清書した若い頃と、

気持ちは全く当時のままです。

歯の全般、

生き方の全般、

私は先生から教えを請いました。

 

私の限界

診察の合間などに、

現在治療の進行中の患者さんのカルテを開いて、

レントゲンや資料、口腔内写真を前に、

アレコレ思案するのが好きです。

これは私にとっては、

将棋板を前に、

腕を組んで、

駒の進め方を思案するのと似ています。

一人として同じ治療を行うことはありません。

患者さんの個性や体質、骨格から唾液の分泌状況などなど、

皆さん其々ですから。

それに、

患者さん自身の求めておられる治療のゴールも違いますもの。

ですから、

実際の治療での【細工】に懸かっている際には

逆に、

頭の中は真っ白なものです。

手先が勝手に動くと云う表現がピッタリなんじゃないかと。

無心の境地で手当てに専念しているものです。

ですから、

いざ治療に取りかかる瞬前まで、

悩みに悩みます。

それと、

手当てが終わってから次の治療までの期間は、

先の為した治療が上手く奏効するのかと、

治り方をジッと、

観察することがとても大切な作業だとも

これは経験上、

手を抜けません。

これが私の歯科治療の進め方です。

ですから、

歯の治療を、

チョコッと、ササッと、

済ませて下さいと云うリクエストであれば、

石を投げれば歯科医院に当たるって云うくらいの昨今です。

私の力は及びません。

本当に困ったと云う患者さんだけで、

私は精一杯です。

マイペース

1週間の過ぎる速さに戸惑うばかりです。

仕事柄、

診療所に籠りっきりで、

仕事が退けても直接帰宅。

自宅では、

犬たちと遊び、

と云っても、

金魚の糞のように付きまとう犬たちと

一緒に過ごすだけですが。

本を読んだり、

車の修繕したりで、

世状に疎いのは当たり前だと。

昔は他人からの評価がとても気になっていました。

が、

在ること無いこと耳に入り過ぎたのかもしれません。

また、

仕事が増え過ぎたのかもしれません。

何かをすれば、

何らかの評価が出るのは当たり前。

其れを良くも悪くも解釈するのは、

その何かをしていない人からです。

で、

私は何もしない人の気持ちが理解できませんので、

ハナから種族の違う人の評価はしないように、

否、

気にならなくなりました。

マイペース、マイペース。

 

 

上の前歯のインプラント

70歳の女性です。

数年ぶりに、

診療所へとお顔を見せに来られました。

医師の奥方です。

お忙しいのでしょう。

右の上の前歯は、

11年前に私が行った治療です。

歯の根が折れていらっしゃいました。

抜歯してインプラントを埋入しました。

もちろん折れた歯の根の周囲の骨は痩せやすいですから、

骨の増大手術も併用しています。

で、

セラミックのクラウンにて修復しました。

それから、

ほぼメンテナンスにはお越しになられていません。

この方は、

成人矯正を受けられています。

ですから、

メンテナンスは大切なのですが。

ただ、

今現在、私を悩ませている大阪市からの患者さんの状況と

比べて下さい。

ですから、

私は悩んでるんです。

最初から見せて下されば良かったのにと。

 

表情

友人が久しぶりに治療に来ました。

受診態度としては不真面目な友人です。

忘れた頃に、

通院して来るからです。

まぁ、友人であるから甘えが在るのだと、

此方も硬いことは言いませんが。

で、

私の表情が変わったと。

そうなのかもしれませんし、

私自身は自覚していません。

ただ、

つくづく思いますのは、

もう15年も経てば70になると云うこと。

青春期に憧れこの歯科の道に入り、

私に残された時間の少ないことに

焦りを感じたのです。

一気呵成に駆け走って来ました。

ここまで来れば、

もう、

一気に残り人生も歯以外には脇目も振らず

駆け抜けよう!

そう思ったのです。

楽しんで、

夢中になって、

歯科にぶつかって行こう。

私は名人でも名医でもありません。

だから、

もっと、もっと歯を知りたいと。

今日の新しい患者さんは顎の病気の方のようです。

お役にたてれば幸いだと。

どんなに難しく見える症例であっても、

縺れた釣り糸を解すように、

丁寧に、丁寧に、

病気の原因を探してゆけば、

案外、

スッスーと、

健康を回復するものですよ。

変に難しく考えない方が。

人の生きざまと同じかもしれません。

人の顔様々。

歯の顔も様々。

其れを知って手当てすることがプロだと。

日本歯科大学創立110周年にあたって

私は仏さまのお導きにより、

商家の跡取り息子から、

一転奮起し歯科の門を叩いた者です。

で、

歯科大学29校の中から、

私は日本歯科大学で学ぶことを切望したのです。

昭和56年の入学で、

第76回生です。

日本歯科大学は稀有な教育機関です。

創立者である中原市五郎先生のオーナー家を中心に、

教職員、学生、卒業生の皆が一丸となった

強い結束を誇っています。

現学長をお務めになられる中原 泉教授は、

市五郎先生のお孫さんに相当します。

現学長先生は言わば【歯科医師の棟梁】だと、

武家社会で云う処の【武家の棟梁】のような存在であります。

建学の精神は【自主独立】

本学は未だに、

文部科学省からの助成金を受けない唯一の大学です。

【歯学は私学に創られた】

そのプライドを未だに頑なに守っています。

先刻、

日本歯科大学 創立110周年を祝う記念誌が送られてきました。

卒業生として誇らしく思います。

私は現在、密に大学との連携関係に在ります。

市井の開業医である私の意見を

素直に聞き入れて下さり、

誠にありがたい想いで感謝しています。

現在大学は、学長先生の強いリーダーシップのもとで、

次々と改革が進められています。

歯科の教育を、

此処で授かった私は、

少しでも、

そのご恩に報いたいと、

毎日の診療を

丁寧に分析を前提とした条件設定を行い

臨んできました。

多くの長期間のデーターが次々と出ています。

良い歯科医師の養成のために

惜しみなく大学へ公開できますのも、

私の

本学への感謝の気持ちからでもあります。

歯科医師供給過剰から

国が歯科医師国家試験の合格率を下げる政策を採っています。

何処の歯科大学も坑がえませんので、

教育も、

臨床医師養成のトレーニングから、

歯科医師国家試験の予備校の様を呈しているなか、

あくまでも良い歯科医師を養成する責務を自覚する本学は

残念ながら国家試験では苦戦している模様です。

100年の経験から積み上げた確かな教育方法と

国家試験合格率を上げることの両立も

早晩、解決するでしょう。

私は此処で学ぶ学生に対して

強い愛情を持っています。

其れが私が診療所を休んでまでも

母校に馳せ参じる大きな動機です。

休診の際には患者さんにはご迷惑をお掛けしています。

その分、

良い歯科医師を社会へ送り出して、

そんな気持ちを

どうぞご理解ください。

 

 

 

 

思いもよらず

昨日、

テレビ界の有名なディレクターの方との雑談で、

先生は、みんなから感謝されているじゃないですか。

羨ましいですよ。

そんな台詞を思いがけず。

ただ私自身は、

感謝されようとなど想い至ったことは一度となく、

また、

これだけ長い歯科医師人生です。

治療方針をめぐって患者さんと

幾度となくぶつかり、

何でもかんでも患者さんの言いなりにはなれませんから、

偏屈者、

頑固者、

そんな印象を持たれているだろうと、

そんな風にしか。

歯の手当ての中に【私の命を注ぐ】

そんなこんな感じに夢中で。

ただ、それだけでした。

奥から2番目と3番目の歯は、

患者さんのお口の中で、

直接、

私が彫刻した歯ですが、

歯の中に、

私は自分を封じ込んで、

そんな感じで、

手当てに夢中。

いちいち難しい理屈など考えていませんので。

ただ、

その歯の寿命なり、

歯の声って云うんでしょうか?

ハッキリと聴こえるようになりました。

ただそれだけです。

 

 

内村鑑三氏の言葉

18歳で歯科医学の門を叩いて

35年ほど過ぎ去り、

で、

結局の処、

想い至ったのが、

この内村鑑三氏の言葉です。

内村鑑三氏は、

少年よ、大志を抱けと云う台詞があまりにも有名である

札幌農学校のクラーク博士のお弟子であり、

日本における聖書の普及者として有名な方です。

この氏の遺した言葉は、

氏が長野県安曇野に滞在した際に、

歯が原因の骨髄炎を患い、

当時の医療事情であれば命を落としかねない状況にありました。

当地の歯科医師の手厚い治療と介護にて

無事に回復された氏が、

感激して書き記したものです。

50も半ばとなった私も、

やっとこの言葉の本当の意味合いが

おぼろ気ながら、

判るようになりました。

人の大切な身体を与る歯科医師として

紳士の振る舞いと思考をと、

診療台の直ぐ脇に掲げたこの言葉を

1日に何回も何回も、

私は眺めては診療しています。