魚慶と云う小料理屋にて


阪急苦楽園口前の広場を

上島珈琲本店に向かっての通りに

至る直前に、

春の訪れにブレーキをかけるような木枯らし。

夜も8時は回っていたので、

小腹もすき、

そんな瞬間に、

視界に入った店が

【勘働き】の対象となったと云う塩梅。

開店して2年と云うこと。

この付近の店は、

ある面において恐ろしいもの。

関西1の高級住宅地を付近に控えていることから、

目と味に肥えた人が暮らす処だから。

焼き鳥屋も多いが、

これらは通勤のサラリーマンの憩いの場であろう。

心が疲れきって、

さ迷うがごとくに訪れた私が、

サラリーマンの騒ぐ居酒屋は、

この時は敬遠させて頂き、

長年の遊び人の自分の勘に託したのである。

何でもご亭主の誕生日であったそうな。

私より年少の53歳。

愛想の良い女将は大阪堺市の床屋の娘。

店の名前の由来を聞けば、

父の理髪店を誰も継がなかった申し訳なさから、

父の店を屋号にと。

今時、優しい女性である。

料理の味に触れないのは、

確か鮮度と、

確かな手当て、

文句のつけようがないのは、

私の見立てには、

間違いがないからである。

運転手役の息子は烏龍茶を2杯。

私は久しぶりに、

新潟の酒を相当飲んだ。

若者を連れて、

こういう店に行くには覚悟がいるが、

会計はなんと1万円で野口英世と小銭のお釣が帰るのに

思わず、

女将の顔を覗き込んでしまった。

こういう店には、

無理してでも、

通わねばならない。

商いは3年目からが勝負である。

皆で育てて、

親父の腕も更に磨きがかかると云うもの。

最近の関西はだらしない。

格好だけの東京との勝負を棄てている感がある。

東京なんぞ、

所詮は田舎者の集団である。

味でも、

価格でも、

気遣いにおいても、

久しぶりに良い店であった。

名前は【魚慶】と云う。

グルメ雑誌や、

テレビのグルメレポーターの味音痴と、情報収集の怠慢で、

この店は光があたっていない様子。

私は大いに満足至極であった。