大きな 形見


私は 母の兄

所謂 

叔父から 大きな 影響を 受けて 育ち

今でも

何かしら 決断を 迫られた局面に 遭遇した際には

叔父なら どう 対処するのか?

私の 物事に 対する 物指しは

正に この叔父 で あります。

海軍兵学校を 卒業し

海軍士官として

戦艦大和の 特攻攻撃に 出撃し

命を 長らへ

人を 殺す 職業から

頂いた 命

今度は 人の命を 授かる 仕事に 就こうと

京都府立医科大へと 進学し

千葉大学医学部大学院にて 産婦人科医としての

新たな 行く道を 進んだ 叔父です。

俳優の 三国連太郎氏に 似た 見かけ。

時計 と 自動車が 好きでした。

気に入った 輸入車は

とにかく 兵庫県で 一番乗り が 信条でした。

頑固者 で 筋目に 厳しい 人でした。

私には 欠点だとは 思いませんが、

祖母は 息子を 案じて 

縁切りの 祈祷師 の 元へと 

足繁く 通って

お布施を 投資して いたのが 懐かしい。

とにかく

女性に モテて モテて

ただ それが

祖母からすれば 息子唯一の 欠点 心配事だったの でしょうねっ?

叔父の 最後の 愛車は

ジャガーの ダイムラーダブル6

エレガントな セダン でした。

死後

10年以上 経過した 最近

この ダイムラーダブル6

私の 元へと

帰って きたのです。

私は 整備士免許を 取得しています。

ビルトインガレージを 創ってて 良かった!

コツコツ 整備して

難しい 処は

専門家に 託しましたが、

叔父が ハンドルを 握っていた 自動車が 甦ったのです。

英国車なんで 右ハンドル。

私は 左ハンドル オンリーな もんで

普段は

ビルトインガレージの 中で。

時々、

家人に 運転させて 遠出という 際に

私は 助手席で 叔父の 思い出に 浸ろうと 考えています。