めっぽう 気の強いのが 私 と 皆から 勘違いされている ようです。
本当は そんなこと ないの です。
昨夕
桜町カトリック教会へと 出向きました。
諏訪英二郎司教 と 雑談する ためです。
話しの 中で 司教さま から 問われたのが、
いつか 天に召される時が 必ず 訪れますが、
先生は その時 そして それまでの 日々を
どう お考え でしょうか?
私の 好きな 映画 【蜩の記】の 最終章
これから 切腹するために 城下へと 向かう 役所広司さん演じる 主人公
細君と 穏やかに 茶を 味わっています。
その直後
切腹の ための お迎えが 来
家族に 送られながら 家を 出
最後に 振り向いたのが この 映像
さまざまな 想いを 抱えつつも
私は 人生の 最後を このように 演じる 積もりです。
司教さま
ジッと
私の 瞳を 見つめて おられました。
司教さまは 私が 教会を 後に する際に
いつも
【あなた の 手指に 聖霊が 宿り 患者さんの 幸福に 繋がります ように】
と
私たち カトリック信者の云う 【祝福】の 祈りを 捧げて くださいます。
冒頭に
めっぽう 気の強い 私 と 申し上げました。
もし
私 の 強さ が アルのならば
それは
歯科医学に 人生を 捧げて
失うモノ
未練の ある モノは なし
と云う 処 かも しれませんね。