晩秋の星の耀く越後の大地で生を賜った娘は、ある時までは父の最愛の宝物でした。
越後を去り行く雪の夜に、娘を抱き抱えて宿から見下ろし眺めた萬代橋の姿を父は今でもわすれません。
幼い娘を伴って、たびたび訪れた異国の光景と、初めて目にする異国情緒に驚く娘の表情を父は今でもわすれません。
小学校に入学し、見送る父の姿を何度も振り向き確認する娘の大きなランドセル姿を父は今でもわすれません。
塾通いの娘を、車の中で何時間も待っていた父が、これ程までに気が長かったとは今でも信じられません。
我が道を歩く父に反抗する娘の選択を、父は責める心もなく、娘の選んだ道を見守る気持ちは今でも変わりません。
父はずっと、目には見えぬ娘を見守っていました。
娘の姿は、父の中ではあの日のままで、その姿を1日に何度も脳裏に浮かんで過ごしてきました。
今日、娘は稲門より出でて、世間の荒波へと第一歩を歩み出し始めます。
耐えがたい不条理なこともあるでしょう。
情けない想いに、胸が張り裂ける機会もあるでしょう。
そんな時に思い出して下さい。
いつの日か、貴方が後ろを振り返った時には、必ず貴方の歩いた足跡が残っているのだと。
その足跡がどの様なものであったとしても、残せた事が大切なのだと。
父の力は微々たるものでしかないが、
幼い頃に言い聞かせた様に、困った時には父は何時も、娘の肩の上で護っていることは今でも、これからも変わる事は無いでしょう。
娘よ。
苦しい道を選びなさい。
他人の眼など気に留める事はない。
貴方の信じる道は正しい道。
転げ落ちても、頭を打っても、それは必ずや貴方の肥やしになるでしょう。
羽ばたく娘を、老いたる愚かな父はずっと観ているから。
貴方の生まれた越後に流れる大信濃の緩かな流れのように、貴方の時間も確実に進みゆくのだから。
急ぐことなく、大陸に向かって、風に逆らってでも、頭を垂れて、歩いて行って下さい。
娘よ。
何処に生きても貴方は父の娘。