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セラミックは金属の集合体である

金属アレルギーを煽り、

さも、

セラミックを生体に安全な素材と、

信仰している・お人好しは、

気楽な診療を・楽しんで居られるのでしょう。

そもそも、

生体に為害作用の無い素材など・あり得ないのです。

100パーセント安全な・素材など・ありません。

ですから、

私ら医療人は・考える人でなければ・ならないのです。

工学の専門書で、

セラミック、

いわゆる、

陶材の綱目を開いて、

その定義を観れば、

セラミックは金属の集合体であると・記述されて・います。

見た目だけでは、

金属のように・見えない工夫は可能ですが、

ソレなりの強度と・加工性を考慮すれば、

金属を使用せざるを得ない・のです。

ですから、

セラミックを使用しても、

超デリケートな敏感・特殊体質の方には、

セラミックが絶対的な安全素材とは・言えません。

ただし、

私の長い臨床生活において、

歯科治療を行っての、

アレルギー症例は・ありません。

口腔内写真撮影の奨め

患者さんの治療を行う際には、

各手順を、

カメラ撮影し、

記録することが、

臨床力を向上させるという・確信があります。

治療のあとから、

客観視でき、

治療の際には・気づかなかった配慮を、

見つける事が・できます。

また、

治療期間中に、

過去の状況との比較が容易にできます。

加えて、

第三者の専門家に見せて、

意見を求める事が容易です。

治療技術や診断力を向上させるため、

私も長年・苦心してきました。

その中で、

自分の仕事を写真で残しておくこと・の重要さを、

青年期の師匠から、

強く指導されたことに感謝しつつ、

ソレを・素直に実行し継続したからこそ、

私は自分の歯科医学を見つけられた・のだと思っています。

歯科治療の究極の決め手

先生のブログは、

大きな影響力がありますからと。

何事においても、

行き過ぎる私を、

秘かに心配し、

アレコレと気を回して下さり、

時には・アドバイスを、

時には、陰ながら・手を回してくださる、

大学での同僚たち。

誠に・ありがとうございます。

が、

最近の先生のブログ、

過激さ・遠慮って感じ・ですね。

もう少し・良いンじゃないでしょうか?

ほぉ~・そうかい・そうかい・

ソレなら・気分爽快じゃな!

チョコッと・遠慮してたんだ!

よし、

じゃあな・これでどうだ!

どっかのホームページで、

ジルコニアクラウンを推奨し、

今度は、

金属アレルギーについての・問題提議。

ソレも、

アマルガムと金銀パラジウム合金に照準!

ズバリ・言わせて・頂きましょう。

ジルコニアは健康保険の適応では・ありませんが、

金銀パラジウム合金は長年、

歯科治療の中心を担ってきました。

アマルガムは現状、

歯冠色のコンポジットレジン修復に、

その座を明け渡してしまいました。

が、

私の学生時代には、

歯科治療の正に王道を担っていました。

日本の厚生労働省の認定基準は、

とても・とても・厳格であり、

バランス感覚も、

持ち合わせています。

日本の中央官僚は非常に優秀であり、

国家観を・お持ちです。

毒を健康保険の適応にする馬鹿では・ありません。

日本歯科大学歯科理工学講座教授であった故中村健吾先生は、

アマルガムの大家というより、

金属の大家中の大家でありました。

ご提示の毒性の根拠など、

半世紀まえに、

私たちは講義の中で示されていました。

薬には、

効能もありますが、

副作用もあります。

ソレを天秤にかけて、

患者さんの健康利益に繋がる薬を、

医療人は正しく選択・適応しなければ・なりません。

副作用の無い薬は、

効能も・ありません。

【科学】の定義をご存知・でしょうか?

【科学】とは・【反証可能でありもの】。

すなわち、

1つの事柄を・1つだけの【視点】からだけで見て、

結論を導くことを、

科学者は・慎まねば・なりません。

常に【現状】を反証する眼で、

日常臨床に取り組む事が、

科学者である歯科医師の責務で・ありましょう。

知識のひけらかしは・野暮天だと・思っています。

論争に打ち勝つことよりも、

社会の中で、大勢の方々の健康利益に・貢献するが、

歯科医師の正しい姿と・言えましょう。

知識の吸収は、

当たり前中の・当たり前なのですが。

広い視点で、

何事も・

最初から否定的に見る偏りを捨てて、

素直な心で、

専門書は読むべきです。

例えば歯周病の治療に関しての文献などは、

スウェーデン学派とアメリカ東海岸の大学では、

大きく見解が・違っています。

ソレは・当たり前ナンです。

医療は社会制度や土地利便性などで、

手当てに・違いが出るモノです。

バックグラウンドを熟知し、

文献も読む必要が・在るわけです。

序でに、

どうのこうの言っても、

知識に裏づけされた治療と書けば、

綺麗に聞こえますが、

それだけでは・ダメ!

話しに・なりません。

歯科治療の最後の最後の、

大きな要をハッキリ言いましょう。

手先の器用不器用ですよ。

それとも美的センス。

優れた審美眼。

だって・本当だもの。

偏った情報を、

狭い視野から一般の方々へお伝えするのは、

素直な一般人の不安を煽る・品格に欠けた行いだと・恥じるべきでしょう。

医師の言葉には大きな責任が・あるのですから。

序でに、

金属アレルギー云々というならば、

ご推薦のジルコニアの成分をご承知でしょうか?

ジルコニアは何パーセントの金属含有でしょう?

単に白く見えるだけで、

ジルコニアは金属の集合体と、

私は考えています。

その含有金属の中に、

金属アレルギーを発症しない成分・ありますか?

私はチタン製インプラントを日常使用しています。

修復では、

症例を選んで・ゴールドを使用し続けています。

入れ歯には、コバルト・クロム合金も使用します。

文献では、

チタンもコバルト・クロムもアレルギーの報告は・あります。

ゴールドに関しても、皆無では・ありません。

ナンにも無いモノって、

無いんですよ。

私は・ありがたいことに、

金属アレルギーの患者さんを作った機会は・ありません。

歯科医師は、

先ずは【腕】。

それと、

絶対的な【安定感】。

そうすれば、

患者さんは・大勢・お越しになります。

何処からでも。

古くさいモノに

大阪へ、

足を延ばしてと、

ふいに、

思いついた・のです。

宗衛門町筋から三ッ寺筋界隈の光景が、

ふいに、

思い浮かんだ・からです。

そういえば、

最近、

行ってないなと。

東京は、

肌合いに・合いません。

同じように、

歯科材料とか、

歯科治療において、

さまざまな新しいモノが、

紹介されて・います。

が、

そそる・モノが、

全く無いのは、

不思議な・くらい。

専門書にしても、

古い書籍の方に、

真実味と、

当時の臨床家の意気込み・みたいなモノを、

感じる今日この頃です。

 

徒弟制度

働き方改革だか、

子どもの人権だか、

私には・難しいことは、

判りません。

が、

確実に、

職人仕事全般において、

レベルが低下していると・思いませんか?

仕事の出来・不出来よりも、

値段が安けりゃ良いって、

そういう物指しでのご判断なさる方は、

お気づきに・ならないかもしれません。

職人仕事って、

ソレなりのスタートラインに立てるのが、

門を叩いて10年目くらい・じゃないでしょうか?

その間は、

師匠から罵倒される連続ってのが、

普通だと思っていた私は、

今の時代では、

大間違い。

でも、

厳しい師匠についた方って、

見たら・直ぐに判ります。

逆も・同様です。

本当に良い方向に・行ってるんでしょうか?

私は技術職に関してだけは、

徒弟制度の導入が必要だと・思います。

ただ、

そんなことしたら、

入って来る若者が居なくなるって・意見もありますが、

若者は・馬鹿では・ありません。

厳しい修業の向こう側には、

達成感と、

自信が持て、

確実に、

食って行けることにも、

気づいていると・思いますよ。

歯科医院

私は商家の出ですから、

歯科医師のご子息の多い・歯科医師の世界が、

あまり・馴染まないと言えば・ヘンですが、

そういう処から、

変人・奇人扱いされるノかも・しれません。

私は歯科医師と言う仕事を、

完全に【職人仕事】だと・思っています。

インテリなんぞ・思ったことも・ありません。

ですから、

知識階級だなんて、

とても・とても。

エリートなぞ・もってのほか。

私は歯科医師と言う仕事を、

感性と技の仕事だと・考えています。

理屈より・手先。

エビデンスより・私の勘。

そう断言できるのも、

身体を張って、

職人仕事に徹してきたからだと・思います。

料理屋選びにしても、

食べログって・言うんですか。

そんな誰が評価したのか・知りませんが、

人様が商いしている店を、

素人の方が・星をつけるってのには、

野暮天って・言葉しか・思い当たらないのです。

善い店ってのは、

玄関口の前に立てば、

判るモンです。

少なくとも、

私の歳くらいになった男であれば、

そういう匂いは・判るモンです。

歯科医院も・ある意味・料理屋みたいな処があります。

私は・その辺に随分と気を遣っています。

私の修復材料の選択基準

最近の私どもの研究論文には、

歯根破折を取りあげたモノが数編・あります。

歯根破折の原因は単純では・なく、

さまざまな条件が重なって、

この不幸な結果を招きます。

歯根破折への研究は・どんどん進めますし、

その結果は、

英文論文誌ではありますが、

順次・報告させて頂きます。

ただ一言。

修復治療という複雑な治療は、

さまざまなステップを踏んで、

進行するわけですが、

そのステップ毎の操作が、

正確であるか・否か、が、

歯根破折の

有無に大きな影響を及ぼすと・私は考えます。

例えば、

フルジルコニア・クラウン修復。

ソレなりの仕事で、

名を馳せる歯科医師で、

私の知る限りは、

日常臨床では・お使いになって居られないようです。

ジルコニア単体の理工学的性質についても、

私は・講義できるほど・熟知しています。

ソレは、

あくまでも実験値でしか・ないのです。

自動車が、

納車の時が・1番きれいで、

10年、20年経過すれば、

どのような変化を生じるのか。

一般の方でも・お判りでしょう。

ジルコニアの表面性状・粗さ。

酸・アルカリ環境下、

冷・熱刺激の環境下、

大きな咬合圧の環境下、

他の歯の条件が変わることから余儀なくされる、

微調整の連続による形状と表面性状の変化。

そのような事も踏まえて、

人の身体の治療を行うべきでしょう。

歯科治療から修復材料選びは・避けては通れません。

だからこそ、

私は自分の手で確かめるのです。

無論、

インパクトファクターの高い学術誌の論文は、

常に眼を通しています。

が、

自分の手と目でデーターを出して、

ソレから臨床で使ってみる。

で、

継続的な挙動を観察し、

白黒・つけています。

他の歯科医師の意見は不要です。

私は私の判断基準を・何よりも信じています。

1流料理屋の華板は、

毎朝、

自分で市場でと出向き、

自分の目で、

魚を選びます。

お~い・今日は・何が良い?

って、

卸問屋に電話で聞いて、

魚を店まで運ばせる料理屋に、

1流店は・ありませんから。

最近、

ジルコニア信仰者でしょうか?

私のようなジルコニア嫌いを批判する記述を見る機会がありました。

臨床的判断基準と言う言葉を・思い出しました。

アレコレ・かくしゃくと、

持論を展開されておられましたが、

症例として提示されておられた

ジルコニアクラウン修復。

申し訳ありません。

私は軽自動車の性能と、

アストンマーチンを比べることは、

無意味だと・思います。

軽自動車は、とっても便利です。

最近のは・よくできていると感心します。

でも、

私の患者さんたちは、

本物志向の方々です。

私は・そのような鋭い要望を持つ患者さんの・主治医ナンです。

提示されておられた症例。

私の患者さんであれば、

そくクレームでしょうし、

私の美的センスからは、

申し訳ありませんが、白い塵にしか・見えません。

論争は、

同じレベルの方々と・なさるほうが、

チョッと進歩できるから、

有意義ですが、

格段の差と、

顧客層の差を考えれば、

全く噛み合いません。

歯科修復材料って、

そのような類のことも・考慮べきと、

一般の方々も、

真剣に考えてください。

 

 

 

鬼手佛心

さてさて、

今は、

手術を控えての、

精神集中の最中です。

【鬼手佛心】という言葉が・あります。

外科系の人間ならば、

1度は、

耳にした機会があると・お思います。

鬼の手を得るためには、

心を研ぎ澄まさなくては・なりません。

また、

外科治療には、

不慮の出来事が生じる危険性をはらんでいます。

メスは万能では・ありませんから。

常に平常心であること。

これが、

鬼の手を得る・最低条件だと言って良いでしょう。

鬼の手を持っていても、

佛の心を持ち合わせていなければ、

メスを持つ資格は・ありません。

では、

佛の心とは。

私は宗教家では・ありません。

また、

カトリックの信徒ですから、

私に佛の心を云々・語る資格は・ありません。

が、

信仰を持つ人間として、

長年・歯科医学に身を埋没させてきた人間として、

思いますのは、

寛容な心。

慈しむ心。

そして、

捨て身の・精神。

医療は・元来、

奉仕の精神から・生まれてきたものですから。

 

 

歯科治療

囲碁・将棋のテキスト本は・数多あります。

几帳面な方は、

丁寧に、

過去の大家の戦局を再現したテキスト本を見、

さまざまな1局を、

手習いして・いるようです。

私は将棋を嗜みます。

が、

テキスト本に目を通すのは、

数年に1度あるか・ないかです。

結論から言えば、

将棋に真剣に打ち込んでいない・のだと思います。

私が対局するのは、

素人ばかり。

時間潰しと、

人間関係構築のための将棋ナンです。

へぼ将棋って・いう処です。

相手が相手ですが、

それでも、

将棋が趣味で、

余暇は将棋に没頭という対戦相手も・いらっしゃいます。

私は負け知らずです。

指し方は・人を顕します。

性格と・言って良いかも・しれません。

このタイプの人は、

こういう対応する・という事が、

判るンです。

だから先回り。

テキスト本のお復習いも・大切な勉強ですが、

もっと肝要なこと、

人の行動を観察し、

思考をつかむ事だと思います。

コレは、

治療においても・同様です。

論文は、

統計処理のために、

条件設定を行います。

ところが、

臨床において、

条件設定など・できません。

ですから、

考える歯科治療が・大切ナンです。

よ~く、

口腔を観察し、

患者さんの個性の把握が、

良い歯科治療を創るンです。

何事においても、

継続こそ力であると、

この3年間、

私の顔を観るたびに、

肩を叩き、

時には、

盛り場へ私を引き連れて、

そう・言い続けて下さったのは、

日本歯科大学新潟病院の黒川副院長です。

人は、

何かしら、

ソレなりの理由をつけて、

脱落してゆくんだね。

ただ、

ソレを認めたくないから、

ソレなりの訳って・処だな。

日本歯科大学には、

このような・大人の男が・居るンですね。

人は・それぞれ、

価値観なり、

結論を導くための、

物指しが・違います。

が、

自分を確立できていない人も・いらっしゃいますから、

そのような人には、

定まった・物指しは・持っていないのだと・思います。

ただ一言、

継続し続けには、

鏡に映った自分に・見とれるノではなく、

自分の欠点探しに努める・事だと思います。

ソレを大いに・反省し、

自分創りのために、

継続し続けるんだと・思います。