群馬県在住の歯科医師である
浅見裕先生が
御子息を伴われて
遠路、新潟まで
お越しになった。
今春先に
高松の私の診療所へ
来られた時依頼の
再会である。
先生は日本歯科大学の第44回卒業である。
私は第76回卒で、
先生の御子息と同級であった。
先日、大学の喫茶店でたむろしていた学生達に
君らは何回生かと尋ねたら、
なんと108回生であると
元気よく答えてきた。
浅見先生は
かように日本歯科大学の
大先輩である。
先生は所謂
歯科補綴学の名医であった。
現在、活躍中で、
団塊の世代の年齢辺りの
著名な歯科医師であれば
浅見裕の名を聞けば
皆が一応に
お世話になったと
口にする。
熱く燃えるような熱情の
歯科医師である。
先生は昨年末をもって
白衣を脱がれた。
現在は
中国の古典経典の読解と
尺八を楽しむ
日々を過ごされている。
私が影響を受けた
最初の師匠が、
浅見裕先生である。
以来、私は熱情の歯科医師である事を
第一として心掛けて来たのである。
先生の隣が
御子息である。
彼は歯科医師であると供に
群馬県の某大学の解剖学の教授を務めている。
此の私の親友は
寡黙な水の様な人柄で
私とは
全く対極の性格であったのだが、
何故かウマが合った。
私の前に座る
此の父と息子の姿に私は、
心暖まる想いがした。
私は浅見裕先生が
これからも御健勝である事を
心から祈るものである。