男の習性


東雲の空、

文献に眼を通しながら、論文を執筆しています。

論文書きながらに音を欲す私ですが、

テレビはケーブルテレビの時代劇専門チャンネルのみです。

この時期、私はNHK、民放共に観ません。

スイッチを入れる事もありません。

震災の記憶が蘇ってこないようにと

気を遣っていると云うよりも、

逃げています。

いよいよ空が明るくなりました。

若い時分には、考えられません。

身体の手当てを中心とした規則正しい生活を過ごしています。

5年前の今頃は、

新潟県と山形県の県境にある村上市辺りを走っていた頃です。

で、

南にターンし、雪の月山を仰いだ時に

その雪多い山の姿に、唖然とした自分の顔が判ります。

主要幹線は不通でした。

息の凍る程の外気と道脇の雪の高さ7メートルとの印しに驚愕し、

雪の迷路に迷い混んだ感が在りました。

が、

進まねば、太平洋側へ辿り着くことは出来ません。

今日の1日は、

道なき処を雪埋る日本を縦断し、仙台に入る!

に、終始したのです。

恐怖の余り、何度も、

この私でさえも悲鳴の声を挙げました。

夕刻4時に、

私のお下がりの革ジャンと革のスニーカーを履いた息子の

確かに息子の姿が視界に入って時に、

声なき叫び、

神仏への感謝の叫びで

空を仰ぎ、

でも、

息子には「よう!」とだけ。

寡黙に車の向きを新潟県へとターンするだけでした。

コレが、男の習性なのでしょう。