包括的医療


 医師である友人の奥方からの電話であった。

 普段は大層穏やかとお見受けの
奥方であるのだが、
この時の憤りは
圧倒されるものがあった。

 此の友人は
闘病の最中にある。
近くであれば、
見舞いがてらに
頻繁に顔を
見に行きたいのだが。

 友人は、
逸れでも未だ、
外来の患者さんの診察は
続けている。

 臨床家の鑑である。

 奥方の怒りの原因は
夫の通院している病院であった。

 病院のスタッフから
出入り業者へと、
夫の病状が漏れたようである。

 其れでは
此の奥方の怒りは
当たり前の話である。

 一応、
先方の病院を訴えると息巻く奥方を
なだめておいたのだが、
無駄かもしれぬ。

 私も同じような経験を持つ。
私が紹介した医療機関のスタッフが
患者さんの情報を漏らし、
紹介者である私の体面は
大きく傷つけられたのである。

 此れは医師の能力とは
無縁のものであるが、
スタッフを医師の手足と考えるならば、
やはり、
口の軽いスタッフの勤務する
医療機関とは
縁を切らねば成らぬ羽目となる。

 技量とは
プライバシーをも含めての
包括的なものである。