一昨日
診療所 に 手伝い に 来た
家人 が
狼狽 し
私に 携帯電話を 代わり ました。
施設で 穏やかに 暮らす 母
の
主治医 である 榊原医師 からの 電話でした。
お母様 の 容態が 急変しました。
意識レベル が ありません。
酸素濃度も 低下し
吐血 しました。
救急搬送 しましょう か?
つい 2日前
施設で
私 家人 と
和やか に アイスクリーム
を
食べながら
笑わせて くれた 母 です。
ただ
その日 が 近い こと
は
判って いました。
医療職って ツライ です。
私は 家人に 常々 言い 聞かせて います。
俺が 倒れたら
絶対に 救急車を 呼んでは なんねぇ!
管だらけ に される のは
絶対に イヤだ から なっ!
家で
診療所で
逝かせて くれぃ!
葬儀は
お前だけ で。
決して
俺の 死に顔
誰にも 見せちゃ なんねぇ!
イメージ 狂う から よぉ!
ただ
骨折なんか は 別です!
そう云う 流儀の 私 です
し
かつて は 高潔で プライド高かった 母 です。
おそらく
私 と 同じ 考えだ と。
榊原医師 には
先生
絶対 に 痛がら ない ように
絶対 に 苦しまない ように
お願い致します
と。
榊原医師の 専門は 麻酔医 です。
その あたりは 間違い ない と 確信して います。
その日 は
午後7時から 手術が 入って いました。
医療職 の 患者さん の 治療に
私は
時刻 に どうの こうの
と 云う ルールを 適応 しません。
みなさん
日中は 診療で てんてこ舞い です から。
手術が 終わり
帰宅した のは 午後11時。
施設 の 夜勤スタッフの 方に ご迷惑を おかけ する
ので
母 の 顔を 観る ことは できません でした。
昨日
出勤前に
家人 と 施設へと 向かい ました。
看護師さん が 付き添って います。
状況を 報せて いただき
先生
点滴 いかが いたします か?
不要です。
ただ
ただ
アイスクリームを 口に もって いって やって ください。
ソレで 十分です。
母は 昏睡状態 でした。
私は 母の 頬を 掌で 撫でました。
で
母 の 掌を
私 の 掌で 包みこみ ました。
ばぁちゃん
頑張れ!
ソレだけ しか
言葉が 見つかり ません。
母 の 瞼が 動き
私 の 掌を
確かに
最後の 力 で しょう。
確かに
握り 返して きます。
ばぁちゃん
俺は
患者さん が 待ってる から
歯医者 ヤッて くる よ!
また
来るから!
ソコまで が
私 の 限界でした。
男 の 涙
見せられ ません!
診療所 で 朝1番 から
手術 を 執刀しました。
祈りの 手術だった と 思います。
良い 歯医者 の 見せどころ
と
気合い を 入れて。
家人 から
母 の 状況が 報せて くれて
その 1日
院長室 の 観音さま の お線香 絶やさず
真言宗 の お経 の CDを 絶やさず
診療 して いました。
夜
施設へは 行けません でした。
遅い 時刻だから です。
私は
母が 命と 戦って いる
とは
思って いません。
人 が 穏やかに
天 へと 旅立つ 準備に 入った の だと。
母を 引き取って 6年に なります。
施設 に 入居した 際
訪問歯科 の 診察が あった ようでした。
その際
歯科医師 の 手 を
おそらく
ミラーを 口腔内に 入れた 瞬間 なの でしょう。
母は
その手 を 振り払い
あなた の 手は アライ!
と
拒絶した よう でした。
その先生
気が 悪い でしょう ね!
施設 の スタッフが
三枝先生 の お母様 です
と
言った ら
ソレなら
ボクら の 出る幕は ありません。
そんな 母 でした。
私が 33歳の 頃
母 の 骨盤から 骨を 採取して
歯槽骨 に 移植し
インプラントを 埋入しました。
ですから
母 の 歯は 全て インプラント治療です。
数年前から
母は 自分に 歯が 無い ことを 知りません。
私は 歯が 良いから なんでも 美味しい のっ!
どう?
患者さん は 多い?
商売繁盛 してる?
あなた は 手先が 器用 だから。
適当 に 相づち うって 聞いて いました
が
私は 知って いました。
私が 母の 自慢の 息子で ある と。
もう 10年 以上 前 だった と 思います。
縁が 薄かった 母 です
が
なにかで
私 の 車に 乗せた 時
産まれて きて くれて ありがとう
と
突然 言われて
動揺 した こと
が
頭 に 焼きついて いました。
時は 刻々と 近づいて います。
が
私は 歯科治療に 専念します。
