今年 で 93歳に なる 母。
86歳 の 年に
宮城県石巻市 から 引き取り ました。
ちょうど
新型コロナウイルス の 脅威 にて
世界中 が パニックに なって いた 頃でした。
私は この母 とは
ずッと 会って いません でした。
娘夫婦 と 幸せに 余生を
穏やかに 過ごして いる モノ と 思い込んで おりました。
母 を 救出? する こと を
決意 した のは
ちょうど
その 1年 近く 前
診療所 に 母から
突然
電話が 入った ことが キッカケ でした。
電話を とった のは
前 の 配偶者。
私 に 代わる こと なく
ピシャリ と 切った よう でした。
なんど か
そのような ことが あった ので しょう。
偶然
私が 母からの 電話を とった のです。
讃岐 に 帰りたい!
助けて 欲しい!
ただ
私 と 両親の 確執から
その時 は
素直に
あぁ イイよ!
とは
言えません でした。
勝手 に 会社を 閉じて
勝手 に 姉夫婦 の 元へと 行き
自宅は もぬけの殻。
残って いたのは
ご先祖様 の お仏壇だけ
と 云う 光景に
怒り が 爆破しそう だった ことを
思い 出しました。
父 が 亡くなった ことも
聞かされず
当然
三枝家 の 長男たる 私を 無視し
葬式を 執り行い
後に
見知らぬ 弁護士事務所から
遺産放棄を 求める 書状が 診療所に 届きました。
遺産放棄を 行なう にも
弁護士費用 と 裁判所への 印紙代が 必要な こと
初めて 知りました。
そのような 経緯から
私は 姉夫婦 とは
全く 関わりを 持って おりません。
両親の 宝石類 高価な物品 不動産は
私の 知らない うちに
名義が 姉名義に 代わって おりました。
私は 親の 財産は 不要と 云う 流儀です。
ですから
私の 築いた 資産も
子たち には 相続 しません。
男 たる 者
一生懸命 働いて
遺った 資産は 妻の 老後に 遺すべき
と
考えて います。
ですから
遺産放棄 には 全く 抵抗は ありません でした。
ただ
長男 の 顔を 潰された こと は
男 と して
決して 許す ことは デキません。
日毎
胸が 痛く なりました。
母は 二世帯住宅 に 暮らして いる ものと
思って おりました。
人伝 に
姉 の 求め にて
二世帯住宅 の 費用を
両親が 捻出した ことを 聞いて おりました から。
現実は
二世帯住宅は 存在しません でした。
娘夫婦を 頼って 向かった 東北。
待って いたのは
粗末な 老人ホーム だった よう です。
年金 通帳
身につけた 超高級時計 など
全て
姉が 管理し
母は 着の身着のまま の 生活を
人生で
初めて 経験して おりました。
姉と 話し合う 気持ちは 皆無でした。
私は
母を 施設から 拉致する 決意を したの です。
ひと月 前 くらい から
毎日
母に 電話し
その日 の 【予行練習】を 行いました。
で
その日
私は 母の 施設に 向かった の です。
施設職員 の 妨害に 対して
母 本人の 意思で ある こと。
私が 三枝家の 長男で ある こと。
断固 聴く耳 持たず
また
施設に 暮らす お年寄り の 男性方々 の 両手を 広げた
バリケード の おかげ にて
母を
レンタカーに 乗せました。
誘拐だと 言いがかり つけられた 際の ために
友人 である
東北大学 歯学部 教授 に 予め 連絡して
仙台市 の ホテルに 向かった の です。
翌日
飛行機 に 乗るまで
ドキドキ しました。
飛行機から 観える 富士山に 掌を 合わす 母。
高松道 から 屋島が 母の 視界に 入った ので しょう。
あぁ 讃岐だねっ!
帰って 来たんだ ねっ!
当分の 間
母は
私の 診療所の 1階を 修繕し
暮らして いました。
しかし
男 ひとり では 十分な 手当て が デキません。
当時の 配偶者は
なにかと 母を なじって いました。
母が 娘を 杖で 突いた
と
因縁を つけて
やむなく
私は 母を 施設に 入れました。
1週間 に 2回
朝 7時に 開店する スーパーへ 向かい
お菓子を 母の 元へ。
1000円 足らず です。
訪問時間も 30分 ていど。
当時 の 配偶者から
もったいない!
マザコン!
と
罵られ て いました。
施設の 食器を 観て
私は
デパートで
母 の マグカップを 買いました。
母が 珈琲が 好きだった から です。
その後
私は 配偶者と 離婚しました。
また
母 の 住まい も
4回 変えました。
私 の 好きな ように させて もらう。
現在
母 の 痴呆は 進行して います。
ただ
痴呆で 良かった のは
配偶者 が 変わった こと
全く 判りません。
解った ならば
離婚の 理由を 聞き
母は
怒りを 先の 配偶者へと ぶつけ
息子 の 味わった 地獄を 共に 悲しむ でしょう から。
母に マグカップは 不要に なりました。
現在 の 配偶者は
頻繁に
母 元へと
お菓子 アイスクリームを 持って
一緒に
時間を 過ごして くれて います。
君は オフクロから なんにも して もらって ない
のに
何で 良く して くれるん?
家人は 私の こと を 先生と 呼びます。
祖母が 息子の 産婦人科医 の 叔父を
先生と 呼んで いた こと と 重なり ます。
だって 先生の お母さん だから。
この マグカップ
毎朝 の 珈琲
家人が 使って くれて います。

