昭和38年の大衆文芸の8月号に【先生の声】というタイトルで
池波正太郎が短文を寄せているのが目に留まりました。
ちょうど此の年の2月の末に、私は生まれましたので今から半世紀以上前の随筆です。
当然、この頃は【鬼平】も【梅安】も世には出ておりません。
ー 作家としても、人間としても、個性を失ったらダメだよ ー
皆が横並び一辺倒を好む昨今です。
個性を変な奴で片付けられてしまっては堪りません。
この辺りの処を、私は若い歯科医と接する時には特に注意しています。
勉強会や学会に参加しても、皆が結論ありきの金太郎飴の様な発表ばかりでウンザリしています。
科学とは未知への挑戦であった筈ですのに‥。
そう言えば小保方さんを責める気持ちにはなれません。
また、若い娘には甘いと言われるかもしれません。
皆が女史を未熟と責めるには、私は抵抗があります。
あんな風に責め立てられたら、誰も恐くてチャレンジ出来なくなるのでは?
大の大人の男であっても、あの責め立てように耐えれる人は居らんでしょう!
人を責めるも、横並び!
私が若い時分に、ネビンズ先生と云う其れは其れは有名な先生から
ー 世の中を変えるのは皆とは違う人たちです。一生が一度キリであるから、私はごく一部の変わった人間で在りたい! ー
ズシンときたものです。
私が先生の門を叩いたのは、母校の大学院で歯肉のコントロールを専門に勉強していた私が
当時の自分の置かれた環境では、学べないと云う現実に気づいて、当代きっての名医の為したる治療を知ってしまったからでした。
勿論、先方である先生は私のことなど知る筈もありません。
決意して手紙を認め、先生よりお招きのお手紙を受け取った時には天まで届かんばかりに喜び勇んだものでした。
ー 成功からは何も生まれない!失敗を知り認めてこそが成功を生むんだよ! ー
私の持ち込んだナサケナイ!治療写真を前に先生はその様に言われました。
20代ももう終わりにさしかかった頃の話です。
私を導いて下さった先生方、それぞれの言葉を私が忘れる事はありません。
信じて、信じて、歯科しかないのだと歩いてきました。
で、気づけば変わり者と観られることしばしばです。
納得いかないのは、歯科を専門とする歯科医師から
ー 何故に其処まで歯が面白いのですか?変わってますね!ー
と言われることです。
歯は生きています。
骨は生きています。
その鼓動の息吹きを私たちは、大切に大切に取り扱わねばなりません。
身体のそれぞれに個性がある故に。