見抜く力


患者さんの病気と、患者さんと共に手を携えて戦う臨床家は、病気の本質を見抜く力を持ち合わさなけらばなりません。

眼前の臨床データーばかりに目をとられていれば、背後に潜む原因を見落とすかもしれません。

そう言う意味で臨床家は、野生動物のような鋭い感性が必要です。

この仕事を長い間、続けていると自然と身についてしまった勘があります。

たとえば誰かと話をすると、その方がどの様な時間を過ごしてきたのかが、不思議と見えてくるのです。

此方としても、それを相手に悟られない様に務めて飄々として振る舞うのですが、

それでも、見透かされている様で恐いと言われたことも度々です。

恐らく自分の子供の事などは、皆誰しもよく判るのと同じです。

普段は離れて暮らしていても不思議と判る、この親特有の勘を否定される方は居ないでしょう

見抜く力によって、先々に生じるであろう危険な状態に至らせない対策を講じることができ、救われた経験を
何度となく味わいました。

逆に、この見抜く力を信用して貰えずに、逆の方向へと無理強いする負荷をかけられたこともありました。
この様な場合においても、結局は私の予想通りの結末になるのですが‥。

近道より、かえって遠回りをする方が結果オーライである事があるように、
人間関係においても、病気の治療においても、同じことが言えると思う様になりました。

横からのおせっかいや、忠告、アクションを受けるのも、対人関係しかり病気の治療然りです。

その様な時においては、決して動じることなく、不動である時には、それに徹するが肝要だと思います。

歯の仕事は、本当に奥の深い仕事だと、日々痛感する私です。