朝、
ポストから、
届いた書籍、葉書などの束を、
確認していると、
日本歯科大学・
校友会報が目に留まりました。
毎号の学長のエッセイを・楽しみにしていました。
で、
お目当てのコーナーは?
と、
頁を捲り、
ハッと!
身体が・凍りついたのです。
日本歯科大学新潟歯学部 口腔外科講座 初代教授であった、
加藤譲治先生の・懐かしいお顔だったのです。
今、拝見しますと、
先生のお顔だちの、
お若い事にも・驚いたのです。
当時の印象では、
ソリャ・恐ろしい恐竜のようなイメージで、
先生の白衣姿が・視界に入るや否や、
私は・後ずさり・していた・モノでした。
ソリャ・迫力満点の名医でしたね。
でも、
温情・熱い先生でも・ありました。
先生がよくプライベートで立ち寄る所が、
私の自宅の・まっ前でした。
ですから、
よく顔を合わせる機会が・ありました。
そんな時、
ニヤリと笑って、
ご自身の自動車のキーを、
ポ~んと、
私に放り投げ、
洗車・頼まぁ!
私ですか?
天下の加藤譲治教授の愛車ですよ!
炎天下・だろうが、
真冬日・であろうが、
汗だくになって・仕上げたモノでした。
終わった頃を見計らって、
オイっ・お疲れさん。
ホラッ。
ガレージの床に・並んで缶コーヒーを、
一緒に飲んだモノでした。
そんな時、
【鬼手佛心】という言葉を、
初めて・先生から伺い、
医療職の生き方など、
ボソボソと、
先生独特の語り口調が・懐かしい。
たまに、
男子用トイレでご一緒した際には、
私の尻を、
ポンと・叩いて、
遊びも・ほどほどになっ!
直立不動の姿勢で、
用を足した記憶も・懐かしい。
日本歯科大学の学生として、
加藤譲治先生の存在は、
誠に誇らしかったのです。
先生は58歳の若さで・お亡くなりに・なりました。
私も、
歯科医師として、
一生懸命に過ごしてきましたので、
先生の事は、
思い出す機会も、
多かったと・思います。
が、
いきなりの、
先生のお写真を前に、
思わず、
姿勢を正して・しまいました。
先生のお元気な頃の年齢は、
今の私よりも、
ズッと若かったのには・驚きました。
あぁ・私も・もっと・シッカリせねば!
と、反省しつつ、
若い世代への・影響力も考えて、
日々の・生き方も・見直そうと、
朝から、
身の引き締まる・想いに・なりました。