毎週水曜日の夜は、
高松市桜町カトリック教会の松浦司祭さまのご厚意にて、
聖書の読み方などを
指導して頂いています。
毎週、
司祭さまは私の顔を観た瞬間に仰います。
先生、どうですか?
私は真面目に取り組んでいるのですが、
聖書は奥深く、
解釈など到底、
1年生のレベルだと思います。
歴史的背景、
民族学的な知識、
私の教養の至らなさが、
まだまだ聖書を理解できるまでには至ってはおりません。
そう申し上げると、
それは時間と興味が沸き立つことで
容易に解決できますよ。
微笑みながらお答えになられるのですが。
ただ、
完全に変わった【あること】が自分でも判ります。
1日に何度も、
患者さんの治療の合間での待ち時間を、
院長室で過ごしますが、
【カトリックの祈り】の小冊子を開いて、
【主の祈り】と、
【アヴェ.マリアの祈り】を、
繰り返し、
繰り返し、
声に出して、
お祈りするのです。
治療にお越しになられる患者さんの
治療が上手く運ぶことは勿論、
患者さんの毎日が穏やかで健康でありますようにと。
繰り返し声に出して祈ることで、
上手く表現できませんが、
集中力が極まり、
目の前の患者さんの様子が
鮮明に見えるようになりました。
また、
祈りの最中、
お仏壇の前に鎮座しお経を唱える際には、
どうしても雑念が消えません。
つい他の事が脳裏に浮かぶんです。
また、
ついつい、
個人的なお願いごとをしてしまうんです。
55歳になった私が、
残りの時間を【歯科医学】のみに専念しようと決めて、
そのためにカトリック信仰を助けとして選んだことに
間違いはなかったと思っています。
医療人は、
患者さんのために在るのですから。