善し悪しの判断


私の歯科医としてのスタートは、

【歯科保存学教室第2講座】からでした。

主任教授  勝山茂先生

指導教授  加藤嘉郎先生

助教授       山口隆二先生

講師           新海航一先生

以下、医局員多数

大学院生は医局に2名のみでした。

昔ですから、

医局のドアを開くと、

煙草の煙でもうもうと。

デスクに向き合ってひたすら原稿を書く先生も居れば、

大テーブルで将棋を差す先生、

現像暗室や研究室で何やら忙しそうな先生。

医局のドアは、診療室への出入りで、

常にバタンバタンと云う状況でした。

脇では、学生に説教だか指導している先生がいたり。

私は、その全ての【パシり】から始まりました。

全員の白衣のクリーニング出しや、

昼食の出前の品を、全員に聞いて回るのも

当然、新人の仕事です。

コピーも当たり前。

ホチキスで留める部分が適格でなければ、やり直し。

研究室の設備の掃除も、私の仕事。

実験材料のサンプル作りは当たり前。

雑な処があれば、当然、雷が落ちるのです。

診療においても、

何から何まで、

細かくチェックを受けました。

レポートを出せば、

床に叩きつけられること毎日。

診療時刻が終わると、

基礎実験の手伝いです。

試験管やビーカーの洗浄も、

染み1つ残らないまで指導されました。

複数の実験が同時に動いていますので、

結果を集計するのも新人。

統計処理するのも新人の仕事。

少なくても教授が帰宅するまでは、

誰ひとりとして帰れません。

当然、私は最後になる訳です。

言葉使いも、徹底的に上下を指導されました。

教授の講義には、皆が教授の後ろに続きます。

そんな時代でした。

学生は学生で、私ら臨床系講座の人間は、

恐かったと思います。

私らの姿に、廊下を開けて頭を垂れて、

過ぎるのを待ってましたから。

私は、こういう世界に18歳の年で入り、

歯科医師免許を取得し、

歯学博士号を頂くまでの10年を過ごしました。

青年期から大人の入り口までを、

この環境で過ごしました。

今、私はこの環境で歯学を学べた事を感謝しています。

が、

今の若い人はどう感じるでしょう?

否、

学生の親御さんが、どう感じるのでしょうか?

私らの仕事は、メスを持つ仕事です。

人の身体を与る仕事です。

現代感覚の善し悪しを云う資格は、

私にはありません。

が、

50をとっくに過ぎた私は、

厳しい気持ちで、

常に器具を手にして過ごしています。