リスク・偶発症・副作用

リスク・偶発症・副作用

歯科治療を受診される前に知って頂きたい
リスク、偶発症、副作用の可能性

医療工学や研究の進歩に伴い、半世紀前には考えられない治療方法が紹介されています。
それが人類の健康向上に大きく寄与している事は、医療人として誇らしく、また喜ばしい気持ちでいます。
一方で、半世紀前には考えられい程の【高齢化社会】に突入した我が国です。
30年以上、歯科治療に従事して参りました私でさえも、環境の変化に対して【医療の軸】に還る事を思考的・精神的に模索しています。

元来、歯科医師は口腔の健康の専門職として社会貢献する立場に在ります。
人が誕生してから成長期を経て、老化の時代へと移行し、定めとしての死を迎えるまでの一定の期間、哺乳から始まり、摂食・嚥下の機能を快適につかさどれるようにと、専門的なアドバイスから予防、そして治療行為を行う事が、私たち歯科医師の職責であります。

しかしながら、治療行為とは身体を傷つけて初めて成り立つ定めにある事を、治療する側の歯科医師、治療される側の患者さん双方は、十分に認識しなければなりません。
メスは万能では・ありません。メスを使用することでの血管、神経の損傷が生じないという可能性は0では・ないのです。メスによる切開から生じる疼痛の苦しみからの解放のために麻酔薬を使用します。ただし麻酔薬にも他の薬剤と同様に副作用が在る事を忘れてはなりません。

多様化する一方の歯科治療。基礎疾患を持つのが当たり前と考えた方が賢明な高齢者が増加する医療の現場の現実。
歯科医師は内科的知識と配慮、外科的な価値観での知識と医療技術の研鑽、歯科治療が修復治療を避けては通れない性質柄、さまざまな人工材料への知識と・その使用への適応の根拠を明確に認識しなければ・なりません。

ここで敢えて私は、歯科治療での起こり得る可能性の在るリスク、副作用、偶発症について、患者さん側に対して、申告する必要性を感じましたので、治療綱目ごとに提示させて頂きたいと思います。

赤ちゃんの誕生は、誠に喜ばしい人生最大の行事です。しかしお産という現象と医療行為が妊婦、胎児、新生児ともに大きな危険性がある事は、皆さんは既に認識されておられると思います。
しかし歯科治療では?
安易にお考えでは・ないでしょうか?
医聖ヒポクラテスの誓いの言葉の中に【患者の不利益になる行為は絶対に行わない】と私たちは誓いを立てて、臨床の現場に立っています。しかしながら【患者の不利益】についての情報を赤裸々に公表した・簡単に閲覧できる記載の努力をしてきたでしょうか?

不幸な結果に至らないように、私たち医療職は生涯に渡って研修に勤しみます。
と言って、絶対的な100パーセントの成功も、実のところ経験していないことも、告白したいと思います。患者さんとの継続的な予防、メンテナンス、そして生命体の恒常性によって治療成功は・成り立っているのだと・思っています。

1 歯科麻酔によるリスク、偶発症、副作用

高齢者の患者さんは基礎疾患を持ち、なんらかの薬剤を服用していると考えておくべきです。またご自身の隠れた疾患に気づいていないかもしれません。
一般歯科治療で使用される麻酔薬は数種類ですが、高血圧症の患者さんに対しては内科医、麻酔医への術前診断を依頼すべきと考えます。特に歯科治療は恐いという先入観がありますから、精神的な負荷が掛かった上での麻酔薬の使用で、血圧の急激な変動が生じる場合があります。血圧の急激な変動は脳出血、動脈瘤破裂、心不全、あるいは心、脳、腎などの虚血性変化を招来する危険性も・あります。また糖尿病患者さんの感染に弱い体質から、針の刺入点に感染、炎症が生じるリスクを忘れてはなりません。
また、妊娠可能年齢の女性の場合には、妊娠初期には本人の自覚がない事が多いです。
笑気ガスによる鎮静法の使用は、妊娠初期(15週まで)には催奇形作用の報告があります。
一般的なリスクとしては、過換気症候群、局所麻酔薬のアレルギー、局所麻酔薬の中毒、血管収縮剤の中毒が考えられます。
偶発症としては、神経原性ショック。症状としては、血圧低下、顔面蒼白、無関心状態、さらにさらに進行すると脈拍微弱、意識消失をきたす事もあります。
過換気症候群の症状は、換気過剰、めまい、意識水準の低下、手足の痺れ、知覚異常として現れます。原因は歯科治療に対する過剰なストレスです。

2 抜歯、歯周外科治療による観血的治療のリスク、偶発症、副作用

歯科治療における観血的治療には麻酔は必須です。したがって上記の麻酔によるリスクが伴います。
抜歯、歯周外科治療は、メスを使って粘膜、骨膜を切開します。手術部位の解剖学的形態と状況の把握は必須ですが、血管、神経が存在する以上、それらを損傷するリスクがあります。また骨を削除する場合には骨折、骨に亀裂を生じさせる危険性もあります。
神経の損傷によって、その神経の感覚支配部分の知覚麻痺が生じる危険性があります。
粘膜の縫合の後に、口唇、頬粘膜、舌の運動により創傷部の裂開のリスクがあります。
術後の衛生状態によっては、縫合部分に術後感染が生じる可能性もあります。
いずれにせよ外科的治療の後は、腫れ、疼痛、場合によっては内出血が生じます。
外科治療の後には疼痛緩和と感染防止策として投薬が必要です。この際に副作用と他の薬剤との相互作用を示す場合がありますので注意が必要です。例えばニューキノロン系抗菌薬は痙攣やめまいといった中枢神経症状を増加させることがあります。ワーファリン、降圧薬、利尿薬、血糖降下薬、尿酸排泄促進薬、抗てんかん薬、炭酸リチウム、抗リウマチ薬、強心薬であるジゴキシンの使用患者さんの場合には特に留意を必要とします。

3 インプラント治療によるリスク、偶発症、副作用

インプラント治療は外科手術が必須ですので、上記の1、2のリスク、偶発症、副作用が伴います。
インプラント治療とは、歯の欠損部分の歯槽骨に対してチタン製のフィクスチャーと呼ばれるネジを埋入する手術から始まります。次いで一定期間を経て骨と結合したフィクスチャーに対してアバットメントと呼ばれる部品を粘膜部分を貫通して連結します。
この過程を経て初めて、インプラントは口腔から露出し観察する事ができます。
その後に咀嚼機能、審美性回復のための修復治療です。アバットメント部分に対して様々な設計の修復物をネジを利用して固定するか、従来の修復治療と同様の手順にて歯科用セメントを使用して固定します。

すなわちインプラント治療におけるリスク、偶発症、副作用は、フィクスチャー埋入時、アバットメント連結時、修復治療の3段階が考慮する必要性があります。

(1)フィクスチャー埋入時
①骨に対するドリル操作の際の血管、神経の損傷および骨の穿通。
上顎洞底挙上手術の際の上顎洞粘膜の穿通。
これらにより、術後の異常な出血、内出血、知覚鈍麻、知覚麻痺が生じる事が予想されます。
②フィクスチャーは骨と100パーセントの確率で結合する訳ではないことも理解して頂く必要があります。手術操作、骨質の影響を受けます。
③骨に対するドリル操作で使用する切削用ドリルが破損する可能性もあります。
④骨火傷
47度1分以上の熱負荷によって骨組織は吸収します。
60度環境であれば一瞬で骨組織は壊死します。
⑤上顎洞底内にフィクスチャーを迷入させる可能性があります。
⑥手術中にフィクスチャー、ドライバー等の小型の器具を誤飲、誤嚥させる可能性があります。

(2)アバットメント連結時
麻酔、外科治療、投薬の際と同様のリスクが伴います。
またアバットメント連結の際に使用する小型の器具およびアバットメント本体、スクリュ ーの誤飲、誤嚥の可能性があります。

(3)修復治療と術後に生じ得るリスク、偶発症、副作用
①修復物の破損
②スクリューの緩み
③スクリューの破損
④フィクスチャー本体の破損
⑤インプラント周囲炎の発症
⑥審美障害
⑦歯の移動による隣接面のコンタクトの離開
⑧修復物の磨耗
⑨アタッチメントの維持力の低下
⑩軟組織の退縮

4 セラミック修復におけるリスク、偶発症、副作用

(1)歯の切削の際に回転切削器具にて、口唇、頬、舌などの粘膜を損傷させる可能性があります。
(2)セラミックの亀裂、破損が生じる可能性があります。
(3)セメントの崩壊による維持力の低下にて脱離する可能性があります。
(4)治療の際に修復物を誤飲、誤嚥する可能性があります。

5 ダイレクト・ボンディング修復におけるリスク、偶発症、副作用

(1)歯の切削の際に回転切削器具にて、口唇、頬、舌などの粘膜を損傷させる可能性があります。
(2)ラバーダム防湿の際に、歯肉を損傷させる可能性があります。
(3)施術中に小器具を誤飲、誤嚥させる可能性があります。
(4)修復材の亀裂、破損、磨耗の可能性があります。
(5)経年的な材料劣化により色調変化が生じる可能性があります。

6 根管治療におけるリスク、偶発症、副作用

(1)他の歯科治療と同様に、器具操作の際の粘膜の損傷、小型の器具の誤飲、誤嚥の可能性があります。
(2)ラバーダム防湿の際に、歯肉を損傷させる可能性があります。
(3)根管壁を穿通させる可能性があります。
(4)根管内に使用器具を破損させる可能性があります。
(5)術後に疼痛が持続する可能性があります。
(6)経年的に歯根破折の可能性があります。

7 入れ歯治療におけるリスク、偶発症、副作用

(1)入れ歯の辺縁部分により粘膜に裂傷が生じる可能性があります。
(2)誤飲、誤嚥の可能性があります。
(3)人工歯の脱離、破損、磨耗の可能性があります。
(4)入れ歯本体の亀裂、破損の可能性があります。
(5)金属製の維持装置の破損、維持力の低下が生じる可能性があります。
(6)紛失の可能性があります。

以上、一般の方々が判りやすいように記載させて頂きました。
歯科治療は医療行為として人類に貢献すべきところですが、いかに歯科医師が専門職と言えども、人間が人間に対して行う行為に絶対安全という事はありません。
そこに歯科医師は生涯を自己研鑽に努めなければなりませんし、治療、治療の度に、繰り返し、繰り返し【再評価】しながら、注意を怠ってはなりません。
また患者さんの側も、歯科医師に全面的にお任せすることのないように、ご自身の状況の把握に努めて頂く事によって、歯科医師・患者さん相互のチームワークが構成されるのです。
このチームワークは、とても医療行為においては大切だと私は考えています。
患者さんのデンタルIQの向上が、より良い歯科治療を育てる温床となると確信しているのです。